27. 山岳リゾート ディヴォウズ
幽霊議員カルロフにどのような場所を案内すべきなのか。
私が思案していると、カルロフは懐から呪鈴を取り出した。
「我の案内を希望する場所まで飛ぶぞ。……【MALOR】」
淀んだ鐘の音が響き渡り、何もなかった宙空にぽっかりと黒い穴が開いた。
上位魔族だけが扱える、空間を渡る穴を開く魔法だ。
「一体どこに」
「ディヴォウズだ。遠くでもあるまい」
遠い。
ミュスターから北西に70km、車で1時間以上かかる。
しかし、空間を渡って行けばものの数秒で済む。
移動自体には問題が無さそうだが、空間を渡る術無しで訪れるのは骨の折れる場所だ。
ディヴォウズは標高1500mにある、エルヴェツィア大陸で最も高地の街である。
ミュスターの標高1200mに比べて300mほど高い。
空気は澄み渡って綺麗だが、そこは陸の孤島に近い。
それでも高級ホテルがいくつも立ち並び、観光客も数多く訪れる。
それはディヴォウズがエルヴェツィア大陸屈指のスキーリゾートだからだった。
積もった雪を勝手にありがたがる人間にとっては、ディヴォウズは夢の街なのだ。
「では参るぞ」
カルロフに続いてペットのホムンクルスたちが穴に向かっていく。
お付きの獣人に促され、私たちも穴を潜った。
一瞬にして高地に出る。
体感気温が急激に下がった。
しかし、問題は気温だけではなかった。
足元にあるはずの地面の感覚が無い。
そこは湖の上だった。
「あれ? ……あああああ!」
「いやーーー!」
リーズ様とエメットが悲鳴と共に水面へと落下していく。
「危ない!」
私はすぐさまリーズ様とエメットの下へと飛んでいき、彼女たちを持ち上げた。
吸血鬼はロードローラーを軽々と持ち上げるほどの膂力を持つ。
持ち上げるのに問題はなかった。
「どうやら街の北側に座標がずれていたようだな」
こちらは間一髪だったというのに、カルロフは悠々と空中に浮かんでいた。
周囲では彼のホムンクルスたちが金切り声を上げながら飛び回っている。
「あれ? ……あああああ!」
後から出てきたお付きの獣人はそのまま湖面へと落下し、盛大に水柱を立てた。
カルロフのホムンクルスたちに引き揚げられ、獣人はずぶ濡れのまま私たちと同じ高度に戻ってきた。
街の北東にある湖から、そのままディヴォウズの街の真ん中を貫く中央通りに出られる。
ただし、街までは少し距離があった。
「車を」
「はい」
獣人がスマホの画面をタップして少し経つと、道路の向こうから突然、首なし馬の馬車が2台現れた。
同じく首なしの御者が、馬から降り立ち、恭しくコーチの扉を開いた。
「おぬしが先導せよ」
カルロフが顎で示す。
「わかりました。ご期待に添えるようにします」
私たちが乗り込むと、市内に向けて馬車は軽やかに走り出す。
街の中へと走る道中、街路に建ったモダンな外観のホテルが目を引く。
通りには、これからハイキングに出かけるのであろう。
リュックを背負い、ポールステッキを持った人間の団体客が見えた。
「初めてだな、ディヴォウズは」
「楽しみですね!」
馬車に揺られて、エメットは既に観光気分になっている。
これから私たちが観光案内せねばならないのに。
かくしてミュスター観光騎士団はディヴォウズでの初仕事を迎えたのだった。




