26. 共和国議会議員
幽霊は誰に指示されるまでもなく、待合スペースに移動した。
実体を持たない彼らには椅子は不要だったが、生前と同じ態度を取るのが彼らの流儀だった。
その巨体は小さな木製の椅子には収まりきらない。
灰色の靄が椅子に覆い被さり、周囲の空気が揺らめいた。
「改めて聞くが、吸血鬼はいずこか」
幽霊が尊大な口ぶりで言う。
私は一歩前に出た。
「私が吸血鬼です」
「おぬしが」
「……高島ルビーです」
「ほう。吸血鬼は名乗る名など持っていないものだと思ったが、些か古い考えであったようだな」
どこからともなく透明なパイプを取り出すと、幽霊は美味そうに煙草を吸った。
白煙が立ち上る。
「どのようなご用ですか。私に会いに来ただけですか。それならもういいでしょう」
「口を慎め。この方は――」
「構わぬ」
獣人の言葉を制して、幽霊は紫煙を燻らせた。
「我はロジオン・カルロフ。エルヴェツィア共和国議会議員だ」
「議員?」
リーズ様が上ずった声を上げた。
ウルリカが言っていた大切なお客様とは、どうやら彼のことらしい。
「グリシュン州は我が地元。それは今も昔も変わらぬ。かつては狩猟のために馬を駆ったものだ」
思い出に浸るようにカルロフは小さく頷きながら語り始めた。
果たして彼の言う昔がいつなのかは判然としないが、それでも魔界から地球に移動する前であることは間違い無さそうだった。
魔族の中でも幽霊になるのは極々わずかな上位魔族の聖職者のみだ。
今、眼前に座っている幽霊の頭には、生前の名残である竜人の曲がった角が垣間見えた。
竜人にして幽霊。
それはまさに魔族を支配するべく生まれてきた種族と言っても過言ではない。
「ミュスターの吸血鬼ルビーよ。我と共に来ぬか。議会の議席を用意してやろう」
「あまりに突然の話ですね」
「上位魔族であれば、元あった地位に戻るべきである。そうは思わぬか」
「私は長く眠っていました。今、ようやく居場所を見つけたんです。政治とは無縁で結構です」
血の主であるリーズ様の下を離れることはあり得ない。
そう誓ったのだ。
私はカルロフを睨みつけた。
しかし、カルロフはまるで動じていない。
「このような場所で燻っているのは不本意かと思ったが、どうやら杞憂であったようだな」
「それより、私がここにいると、どうして分かったんですか」
「自ら招いたのであろう。匿名の通報があった。吸血鬼が現れたとな」
そういえばそうだった。
散々ネットで宣伝したのだから、魔族の御上にも知られる事件になっていたようだ。
「まあよい。久々の視察であるからな。せいぜい楽しませてもらおう」
「と、仰っしゃりますと」
「案内せよ」
かくして私たちはエルヴェツィア共和国議会議員を案内することになったのである。




