24. 予行演習
開業三日目。
ミュスター観光騎士団の観光案内所は閑散としていた。
ちゃんとYouTuneとTowitterで宣伝もしておいた。
本当は嫌で嫌で仕方なかったのだが、キャンペーン期間と銘打って、吸血鬼と出会える大チャンスとまで書いた。
しかし、見ての通り閑古鳥が鳴いている。
人間は吸血鬼に憧れているはずではなかったのか。
ネットには「売名乙」「吸血鬼が国内にいるわけないだろ」「ミュスターって二角獣以外に見るものあるの?」とか書かれているし。
売名したくて吸血鬼になったわけではない。
日本では360歳の先輩吸血鬼がアニメデビューまでしているというのに。
恥を忍んで自分を宣伝広告にした私が馬鹿みたいではないか。
「折角、この前のトラベルライターさんの推薦で6等級の観光案内所にランク・アップしたのに……」
「ダメっぽいですね!」
エメットが漫画を読みながら鵞鳥のような声で大笑いする。
耳障りにも程がある。
「それなら、今のうちに少し予行演習をしてみてはいかがですか」
私は仕方なく切り出した。
「予行演習?」
「誰かが観光客に成りきって、他の方がその方をご案内してみるんです」
「確かに、それは名案だな。流石はルビー」
「ありがとうございます、リーズ様」
スマホにインストールしておいた抽選アプリの結果、私が観光客役、エメットが案内役に決定した。
一旦、案内所の外に出てから、いかにも何かを探している風を装いながら中に入る。
「へー、こんなところに観光案内所があるんですねー」
「独りでぶつぶつ呟いて、寂しいんですか?」
「違いますよ。案内してほしい体で来てるんですよ。出鼻をくじかないでください」
「そうですか」
「そうですかじゃないですよ。真面目にやってください」
「何かご用ですか?」
「私、気兼ねなく女子旅したくて、一人でエルヴェツィア共和国まで来たんです」
「女子旅?」
「ほら、あの、旅行好きな女子がエステとか買い物とか、旅先で楽しむための旅行ですよ。ね?」
「ちょっと何言ってるかわからないですね」
「わかれよ!」
「キレてませんか?」
「キレてません」
ただの予行演習なのに、何故こんな流れになっているのだろう。
「この辺りのオススメの観光スポットを知りたいんですが」
「本屋でしたら通りの向かい側ですけど」
「それは刊行」
「役所は通りの突き当りを右ですね」
「それは官公。いや、ここ観光案内所でしょう。観光地を案内してくださいって」
「はーい。それではそちらの待合スペースで馬鹿みたいにお待ちください」
「馬鹿みたいって、待つしかないですけど」
「えっとですね。この周辺の観光スポットは5箇所以下ですね」
「それ全然売りになってないですけど」
「はい。すいません」
「もういいですよ。それじゃ、別のシーンで行きましょう。案内している途中で、観光客が記念撮影してほしい時です」
「自撮りですか?」
「なんで案内役がいるのに自撮りするんですか」
「他撮りですか?」
「他撮りに決まってるでしょ。撮ってくださいよ」
「分かりました。特殊効果はどうしましょうか」
「特殊効果?」
「豚の鼻をつけたり顔を膨らませたりできますけど」
「写真アプリじゃないですか。というか、なんで撮る時点でそういうの入れるんですか。要りませんって」
「要らないですか?」
「要らないです。このくだり好きですねえ!」
「はーい。えっと、それでは1枚お撮りしましたので、2万レウになります」
「お金は取らないんですよ、お金は!」
どうやらエメットにはきちんとした研修が必要なようだった。




