22. 取材
「ダンジョンって取材に時間がかかるから、今回は無しで」
イセザキは縁無し眼鏡を押し上げながら、広げた紙の地図を眺めた。
彼の地図には既にたくさんの赤丸がつけられている。
イセザキとシオバラが案内を希望する場所は、レストランや飲食店それにホテルなど、確かに観光客が利用する施設が中心だった。
人間の観光客が必ず見たがるダンジョンは、逆に情報が十分なので取材するメリットが少ないとのことだった。
「とりあえず、レストランからお願いします」
イセザキとシオバラを連れて、私たちは近所のパン屋を再び訪れた。
パン屋はレストランを併設しており、パンの他に手作りの料理が振る舞われている。
店に入ると取材の許可を取り、高そうなカメラ(ストラップに"Niqon"と書いてある)で店内を撮影する。
「すいませんが、観光ガイドの皆さんは写真に入らないようにお願いします」
シオバラが手振りで示す。
カメラの前で勝手にポーズを取っていたエメットは、リーズ様によってすぐにフレーム外に排除された。
「価格は庶民向けですね」
「アレルギー表示があるのはありがたいねぇ。俺、センフェス・ゴーアの酒場じゃえらい目に遭ったから」
「腸詰めの肉にトレントの花苔を混ぜるのは常識みたいでしたが、あの時は危なかったですね」
魔法植物に関してアレルギーを持つ魔族や人間もいる。
こうした者たちがうっかり魔法植物や魔法生物を口にすると、激しい目眩や幻聴に襲われることが知られていた。
「ペストリーはどんな感じかな」
「ペストリーって?」
「パイ、キッシュ、タルトなどの菓子類ですね。今、エメットさんがお持ちになっているようなものです」
シオバラがエメットの手に握られた食べかけの焼き菓子を指差す。
「肉食植物の実がサクサクした食感で美味しいです!」
「本当に美味しそうですねぇ。了解です」
素早くメモを取るイセザキの手元を見ると、エメットの回答とは全く違う内容を書き込んでいた。
"広場近くの閑静なパン屋。レストランを併設。オススメは火蜥蜴のステーキ。食材は有機栽培。マンドラゴラなど珍しい野菜あり。価格は庶民向け。ペストリーの種類多数"。
「それじゃ、次行こうか」
次は同じ通りにあるバーを訪れる。
営業時間外だが、彼らは簡単に交渉を済ませて中に入っていく。
カウンターの後ろにはワインやウィスキーの瓶が所狭しと並んでいる。
エルヴェツィア共和国ではいくつかの地域でワインが造られているが、グリシュン州の西に位置するティシナ州では特にワインが名産となっている。
バーに置かれているワインもティシナ州の銘柄だ。
生産量が少ないので国外には輸出されていない。
「山がちな地域でも地元のワインは名産、と」
「赤ワインと白ワインどちらもあります。赤ワインはケルベロスの血を混ぜてオーク樽で香り付けしたもので……」
「ここらで一杯、なんて試飲している暇は無いんで、銘柄だけメモらせてもらおうかな」
彼らはいそいそと商品の値段を聞き、ワインの銘柄を聞き、電話番号を聞き、利用可能なクレジットカードの種類を聞き、Wi-Fiなどのサービスを聞き、虱潰しに情報を仕入れている。
観光気分とは程遠い。
完全に仕事である。
私たちは彼らを仕事場に促しているだけでしかない。
「思っていたのと違ったな」
リーズ様が釈然としない表情で呟いた。
「私たちも頑張らないといけませんね」
形は違えども、彼らも観光案内という同業者だった。
彼らに数時間付き合って、観光案内は仕事なのだと、私たちははっきりと意識させられた。




