17. 帰還
「それじゃ、そろそろ帰りますか」
「最奥部まで行かないで帰るのかい?」
私の提案に、カウボーイが目を向いた。
「最奥部には何もありません。このダンジョンの主も、もういません」
「何故、そんなことが分かるんだ」
「それは……」
それは、このダンジョンが吸血鬼の隠れ家であり、その吸血鬼が私だからだ。
ダンジョンの奥には強大な魔物もいなければ財宝も置いていない。
「かつて、十分に調査が行われたからです。既に目ぼしいものは無くなっています」
「こんな田舎のダンジョンだぞ。その話は本当かい?」
唯一、隠したものといえば、私の館の鍵くらいのものだ。
その鍵だって、エメットくらいの腕があれば解錠できるレベルに過ぎない。
「このダンジョンの深層には巨竜もいます。ただのアルバイトである私たちが太刀打ちできる相手ではありません。遭遇すれば一巻の終わりです。それに深層に入るなら、ちゃんと手続きもしないと……。宿営する用意もありませんから、長居できません」
「……う、うぅむ」
カウボーイは何か言いたげに口元を歪めた。
しかし、巨竜への恐怖には抗えなかったのか、戻ることには同意した。
帰り道でもエメットに罠を調べさせ、私たちは慎重に階段を上っていった。
教会堂の聖具室に戻る頃には、陽が傾きかけていた。
「どうでしたか、ハワードさん」
「大蝙蝠を狩れたし、今回はまずまずだったかな。さて、今夜は蝙蝠料理か」
私たちはカウボーイと一緒に、彼の宿泊しているホテルに向かった。
いよいよ大蝙蝠を調理する。
「私たちが作りますから、ハワードさんは休憩なさっていてください」
「悪いな。先に勝利の美酒を味わわせてもらうよ」
間借りしたホテルのキッチンに食材を並べていく。
大蝙蝠以外の食材はいたって普通の市販品(人間の精気を添加)だ。
「ルビーさん、蝙蝠ってどうやって食べるんですか」
「普通のお肉と同じです。折角これだけありますから、いくつか料理を作りましょう。手伝ってください」
「というか、蝙蝠に変身する方が蝙蝠を食べて大丈夫なんですか? 共食いに思えますけど?」
それは考えていなかった。
傍から見ると確かに共食いに見えるかも知れないが、今更そんなことを言われてもどうしようもない。
大蝙蝠の大きさは普通の蝙蝠の数十倍とはいえ、調理の方法は他の肉と同様だ。
まず、リブは骨付きのまま香辛料で味付けしてステーキにする。
胸肉は少し固いので、薬草入りのコンソメスープで煮て味を馴染ませる。
他の部位は細かく切って串焼きにして、ヨーグルトとニンニクを使ったケバブソースを付けていただくことにした。
余った脚肉は明日にでも双頭の牛乳で煮てからフライにしよう。
「できあがりました。どうぞ」
「ありがとう。お待ちかねのディナータイムだな」
「それじゃ、いただきまーす!」
「なんだか、食感は鶏肉とあまり変わらないな。哺乳類なのに」
「思ってたより美味しいですね! あたし、これ好きかも!」
100年ぶりのダンジョン飯だったが、成功だったようだ。
しかし、皆が肉にかぶりつく中で、リーズ様はスプーンを握ったまま静止していた。
「どうかしましたか、リーズ様」
「なんというか……」
「熱いうちにどうぞ」
「いや、血を吸う生き物を食べるのって、なんとなく、その、な。私だって襲われたし」
「好き嫌いしてると大きくなれないですよ、リーズさん」
「君と比べれば十分に大きい。四半世紀は長生きしている」
エメットの冗談にリーズ様は渋い顔で答えた。
「折角、皆で作りましたし、一口だけでもどうですか」
「うぅ……」
観念したのか、リーズ様は恐る恐るとスープを口に運んだ。
「美味、しい……」
「でしょ! さぁ、たんとお食べ」
「君は私の母か!」
夕餉はまるでパーティのようだった。
こんなに楽しい食事は、初めてのことだ。
観光案内も無事に終わり、私たちは大蝙蝠と成功を噛み締め、その日を終えることができた。




