16. 大蝙蝠
肥えた豚のような体躯の大蝙蝠たちが天井からぶら下がっている。
なかなか壮観だが、見てばかりはいられない。
「飛び道具の出番です。ハワードさん、大蝙蝠を撃ってください」
「言われなくても!」
カウボーイは天井に止まった大蝙蝠に向けて発砲する。
ドワーフが生み出した誘導装置を付けた拳銃。
発射された魔法の弾丸は狙った対象を追尾し、血の花を咲かせる。
弾丸が軌道を変え、1匹の大蝙蝠の頭を貫いた。
死体が水場に落下する。
「やったぞ!」
しかし、他の大蝙蝠たちが金切り声を上げながら一斉にこちらへ飛んできた。
奴らに噛みつかれればひとたまりもない。
「ウルリカさん、防御魔法を!」
「大丈夫です。任せてください」
ウルリカが錫杖を構える。
「HALOBKA……!」
錫杖を握るウルリカの手元に、別の方向から飛来した大蝙蝠が突撃する。
詠唱は不発だった。
「伏せろ!」
リーズ様が叫び、盾を構えて前に出る。
「【PORFIC】!」
全員に防御魔法をかけるほど詠唱の時間はなかった。
術者自身にだけ作用する防御魔法を唱え、リーズ様は私たちを庇った。
「リーズ様!」
私たちの頭上を大蝙蝠たちが黒い塊になって通過していく。
大蝙蝠は直に血を吸うわけではない。
獲物を出血させ、その滴る血を舐め取るのだ。
「くっ……!」
大蝙蝠の群れは鋭い牙でリーズ様の顔を傷だらけにした。
このままでは顔を狙われる。
「リーズ様は顔を隠しておいてください」
「それでは戦えないだろう!」
「私がなんとかします。その間に回復と防御を!」
大蝙蝠たちは暗がりの中でも超音波によって物体を感知して飛行することができる。
その超音波を誤魔化せれば時間を稼ぐことができるはずだ。
私は蝙蝠に姿を変え、大蝙蝠の群れへと飛び込んだ。
「ルビーさんと大蝙蝠が混じって、なんだかすごいことになってますよ!」
蝙蝠となった私は、大蝙蝠が出す超音波とは逆位相の超音波を発した。
超音波同士が打ち消され、大蝙蝠たちは混乱したように旋回する。
今のうちだ。
ウルリカはその隙にリーズ様の傷を回復させた。
「準備できました。もう一度、防御魔法を唱えます」
私は姿を戻し、ウルリカの傍に降り立った。
「【HALOBKAN】!」
防具の強度が増し、敵の攻撃を寄せ付けなくなる。
魔法が効いているうちに大蝙蝠を追い払う。
こちらに飛び込んでくる大蝙蝠をカウボーイとウルリカがいなしている間に、大蝙蝠が嫌がる香を焚く。
煙が立ち上り、フロアの中に充満していく。
しばらくすると、大蝙蝠は観念したように群れを成したまま別のフロアへと飛び去っていった。
「やったのか」
「香が消えるまで、ここには戻ってこないでしょう」
「危うく血を吸われて死ぬかと思いましたよ」
エメットが力なく地面に座り込んだ。
何もしていないだろ。
「全員、無事でしたし、大蝙蝠の肉を処理しましょう」
「かなりの量になりそうだが」
「見た目はそうなんですけどね。とりあえず、血抜きして腸を切除します」
水場に落ちたから体温は下がっているとはいえ、内臓は残しておくと腐敗する。
現地で手早く処理しておく。
「随分と手慣れているな」
「まぁ、色々ありまして……昔は割とサバイバルな感じだったんです」
「サバイバル技術があっても、血抜きはなかなかできないと思うぞ。やはり吸血鬼はすごいな!」
吸血鬼だから、なのだろうか。
私は大蝙蝠をロープを使って高所にあった岩の突起にぶら下げながら思った。
「この肉塊は大きすぎて切れなくないか」
「向こうにあったギロチンの罠で肉を切り分けますか。これを手作業で解体するとなると時間がかかりすぎますし」
「それって、もしかしてエメットさんが引っかかった……」
何も無かったことにして、大蝙蝠を解体する。
幸い、罠もダンジョンクリーナーが通った後のようで、綺麗になっているし。
「ウルリカさん、肉に魔法を」
「分かりました。【GLUSS】」
解体した肉は冷気魔法で冷蔵する。
後で食中毒にでもなったら堪らない。
大蝙蝠は血を主食とするため、独特の臭みが残る。
調味料で味付けして漬け置きしておくほうが良い。
大蝙蝠は可食部位が少ないので、この1匹で5人分ちょうどくらいだろう。
私は少し帰りが楽しみになった。




