13. 吸血鬼の隠れ家
憧れは止められない。
冒険者の好奇心を刺激する、あの世への入り口。
――ダンジョン。
軽い観光気分では殺される。
一応、ダンジョン内なら魔界と同じく回復や蘇生ができるが。
過度な期待はしないほうが身のためだ。
あまり行きたくはないが、観光客の希望なのだから腹をくくるしかない。
勝手にダンジョンを歩き回って死なれても寝覚めが悪いし。
ダンジョン――単に迷宮とも呼ばれる――は巨大な"成長し、変化する構造物"である。
地表や地下に広がる森や洞窟であったり、地上にそそり立つ城砦や塔であったり、ダンジョンには色々な形態があるが、すべて意図して造り出されている。
対象となる周囲の環境を、強力な魔法によって広範囲でグリッド状に変化、安定化させ、複数のグリッド同士を結合させることでダンジョンは生成される。
環境に応じてグリッドごとに魔物や泉などのシンボルが生み出され、ダンジョン内の生態系を維持する。
比較的新しいダンジョンでは、成長を早めるために現実の環境をベースとする、一貫性と統一性を持ったデザインが採用されている。
だが、失われた古代魔法で生成されたと考えられるダンジョンの中には、雪山と火山が隣接するなど、混沌とした内部構造を持つものも存在した。
いずれにせよ、ダンジョンは一朝一夕に生まれるものではなく、時間をかけて生み出されてきたものだ。
魔族も人間も競ってダンジョンを生成してきたため、今もダンジョンはエルヴェツィア大陸のあちこちに点在している。
センフェス・イオシフ教会のダンジョンに入る当日。
地下に繋がる教会堂の聖具室に1人の人間が現れた。
小奇麗なカウボーイハットにカウボーイシャツ。
腰のホルダーには魔弾を装填する拳銃。
いかにも"冒険好き"といった風貌だ。
実際にそうなのだろう。
しかし、カウボーイはダンジョンを道楽として楽しんでいるようにしか見えない。
かつての冒険者たちのように命を賭けている自覚があるのなら、拳銃なんて弾数制限があって手入れが必須の武器を使おうとは思わないだろう。
「やあ。君たちが専属ガイドかい?」
「はい」
「俺はダンジョンクローラーのハワード。今日はよろしく」
そういう称号は自分で名乗るものなのだろうか。
「可愛い女の子たちがガイドってことは、今回は少し楽しむ余裕がありそうだ」
キザったらしくカウボーイハットの鍔を人差し指で押し上げながら、カウボーイは笑った。
「ウォースザァ州のナカバル砦では魔狼を倒して琥珀のブレスレットを手に入れたこともある。もしかしたら、俺が君たちを護衛することになるかもな」
ナカバルは馬蹄形の砦の総称で、ダンジョンを併設したものは2箇所ある。
ウォースザァ州より南にあるクラカル州の砦のほうがダンジョンは大きい。
小さいほうのダンジョンを選んでいる時点で実力はたかが知れている。
果たしてどちらが護衛することになるかは明白だが、客の面子を考えるのもガイドの仕事だ。
「貴重品は置いていってくださいね」
「もうホテルに預けてきた。君たちのほうこそ準備はできてるのかい」
エメットはピッキング・ツールやワイヤーなど鍵開け用の道具一式を詰めたポーチを持ってきていた。
戦力として期待はできないが、やるべき仕事だけやってもらえばいい。
リーズ様は鎖帷子に逆さ十字が描かれたサーコート、そして長剣の組み合わせ。
張りぼて感はあるが、聖堂騎士と呼べる装備。
ウルリカは主教の長衣に回復魔法のための錫杖。
錫杖は見る限り細長くて、殴るのには使えそうにない。
私のほうは物々しい棘付きメイス、火耐性の長衣の下に魔法耐性の鎧を着込んでいた。
吸血鬼らしさ0、挟持を捨てた巨竜対策である。
本当はここに前衛職がもう1人いれば言うことはないのだが、贅沢は言っていられない。
下手に人数が増えても失敗した時に被害が増えるだけだ。
「それじゃ、早速行こうか」
「あ、そこ罠が……」
石畳を歩くカウボーイの目の前にギロチンの刃が落下し、カウボーイハットの鍔を切り落とした。
「……」
「ここ、浅い階層でも即死級の罠があるんですよ」
「それ、先に言ってくれ」
カウボーイは平静を装いながらリーズ様の肩を叩いた。
「レディーファーストってことで……」
「よし、行こう」
「いや、ここはエメットさんが先導してください」
「はい? あたしに率先的に死ねってことですか?」
「遺跡荒らしなら罠に慣れているでしょ」
「まぁ、間違いではないですが……。やばかったら回復魔法で助けてくださいよ?」
回復はウルリカが頼りだ。
彼女を最後尾につけて、ダンジョンを進むことにする。
吸血鬼の観光ガイド、エルフの聖堂騎士、ノームの遺跡荒らし、狼人の聖職者、人間のカウボーイ。
私たち即席パーティはセンフェス・イオシフ教会のダンジョンに挑むのだった。




