12. 観光ガイド
ウルリカが淹れてくれた茶の湯呑を掲げて、リーズ様は宣言した。
「それでは私たち"ミュスター観光騎士団"の、新たな団員の加入を祝って、乾杯」
「乾杯!」
ミュスター観光騎士団。
それはリーズ様とエメットがつくった、彼女たち2名だけ、今は私を加えて3名の観光案内団体だった。
「騎士団って、このことだったんですね」
「そうだ。私たちは晴れて騎士団の仲間になったわけだ」
吸血鬼にして騎士団の団員。
明らかにおかしいがここでは突っ込まない。
リーズ様が珍しく微笑んでいるので、それだけで眼福なのだ。
しかし、観光案内団体と言っても、ミュスター観光騎士団は動画投稿サイト"YouTune"やマイクロブログサービス"Towitter"上で名乗っているだけに過ぎなかった。
基礎自治体からのお墨付きをもらっているわけでも、営利団体として営業しているわけでもない。
時々、ウルリカに頼まれて地元の観光地でアルバイトをして、少し資金を稼ぐ。
要するにボランティア団体というわけである。
だが、それもたかが知れていた。
ミュスターはわずか700名程度の、まさに秘境とも言うべき小さな郡なのだ。
ミュスター観光騎士団は人間にエルヴェツィア大陸各地の観光地を知ってもらうという目的で設立されたというが、その活動規模は非常に小さかった。
観光地で動画や写真を適当に撮ってアップロードするだけなのである。
リーズ様もエメットも、魔界の歴史についてネットで調べた程度の知識しか持ち合わせていなかった。
これでは観光案内など務まるわけがない。
観光案内を行い、正式に活動するには、観光ガイドの存在が不可欠だった。
その大役を私が担うわけである。
ここで断るという選択肢はなかった。
現代の状況もある程度分かってきたし、そろそろリーズ様への恩返しもしなければならない。
あと家賃の支払いも。
あまり人前で話すことには慣れていないが、自分の知識が活かせるのであればそれに越したことはない。
この際、観光ガイドでも何でもやってみよう。
「観光案内って商業施設や宿泊施設が兼業しているケースが多いんですよね。営業している地域ごとに観光案内所を設置して、そこで地域振興を図ってるんです」
そう言いながらウルリカが茶菓子を持ってきた。
エメットは即座に茶菓子に飛びつく。
「なるほど。ということは、まずは地元の観光案内所からスタートするということですね」
「そういうことです」
「実際に観光案内を始めるとして、どこに届け出ればいいんだ」
「観光局ですね。はい、これ」
ウルリカはタブレットPCからブラウザを開き、観光案内所の登録を申請するサイトを出した。
ここで申請した情報が審査され、認定を受ければ観光案内所を名乗ることが許される。
添付資料としてホームページの画像や用意するパンフレットまで提出する必要があった。
団員3名のボランティア団体がそんなものをつくっているわけがなかった。
「これ、申請に法人格が必要なんじゃないか」
「そうですね。今のままだとリーズさんが個人で契約することになっちゃいますから、非営利でも団体として活動できるようになさったほうが良いと思います」
ウルリカは懇切丁寧に説明してくれる。
この調子なら、観光案内所の設立という大胆な試みも可能に思えてくる。
「ところで、観光案内所と平行して、ちょっとしたアルバイトも請け負ってくださると、こちらとしても助かります」
「というと?」
「ダンジョンの案内です。ルビーさんならきっとできます」
そう来たか。
なんとなく話の流れで分かってはいたのだが。
「本当か。ついに私たちもダンジョンに入れるのか」
「念の為に保険には入っておいたほうが良いですけどね」
現代のダンジョンは観光地である。
しかし、娯楽とは程遠い。
当局に健康診断の結果を提出し、誓約書を書かされ、専属の護衛を雇って、初めて中に入れる。
それでも危険と見做されている深層に入ることは許されない。
研究目的でダンジョンの深層を目指す軍や専門の調査隊ですら、時に消息を絶ち、死体の山となって発見される。
そういう危険な場所だ。
「人手が足りないので、センフェス・イオシフ教会のダンジョンを案内してくれる人を探していたんですよ。臨時のガイド、どうですか?」
「やりましょうよ! あたしもダンジョンに入りたいです!」
嫌だな、とは言えない空気だ。
しかし、やはり気は進まない。
何しろダンジョンは私が造ったのだ。
侵入者を阻む仕掛けは全部、私が設計した。
ミミックとか石化の魔像とか泉近くの巨竜とか落下と底なし穴の即死コンボとか。
とにかく財宝目当てで入った連中が外に出てこれないように造った。
「ルビーさん。かつて、ここの領主だった吸血鬼が、ダンジョンを造ったそうです。ご存知ですよね」
ウルリカが微笑みながら私を見つめる。
こうなったら逃げられない。
「ガイド、やります」




