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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
世界遺産センフェス・イオシフ教会のダンジョン
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10. センフェス・イオシフ教会

 吸血鬼が教会の敷地に入れないというのは俗信だ。

 私が普通に教会に入っているのが何よりの証拠である。


 周囲を見下ろす四角く高い尖塔に、裏手には数多くの名もなき者たちの墓碑。

 世界遺産らしく、隅々まで綺麗に掃除されたセンフェス・イオシフ教会は、中も外も観光客で賑わっていた。

 その多くが人間だった。


 宗教や教義が異なっていても、何かにつけて神を拝みたがるのが人間の性だ。

 だから、ルーマニアでもメキシコでもパラグアイでもカンボジアでもエチオピアでも、どこの国の観光地でも宗教建築は大人気なのだ。


 センフェス・イオシフ教会は約850年前、魔王カレル大帝の治世に多くのフレスコ画が描かれた。

 それより古い時代のものも残っている。


 教会に併設された博物館ではフレスコ画が発見された経緯が記されていた。

 古いフレスコ画に新しいフレスコ画が上書きされており、新しいものを剥がして2つとも展示することになった。


 また、教会の内陣はクローバーのように三方向に分かれた三様型で、それぞれの内陣にフレスコ画が描かれている。

 人間の美術史に合わせて評価するならば、これらはロマネスク様式と呼べるものだ。


 見開き2列、3行、計6つに分割されたフレスコ画には、それぞれ聖人の言行録のシーンが描かれている。

 見ていく順番は問わない。6つの時系列はバラバラで、同時に見ることを想定しているからだ。


 だが、教会堂に設置されたパネルに記された説明文は、人間に受け入れられるものとは思えなかった。

 狼人(ライカンスロープ)の聖人を讃え、狩った人間を生贄にする儀式を行う場所として教会は建てられたのだ。


 人間にとって忌避すべき習慣に基づく教会や寺院はエルヴェツィア大陸のあちこちに存在している。

 そんな経緯を知ってか知らずか、人間たちは気前よく寄進箱に通貨を落としていく。


 そして皆、あちらこちらで写真を撮り、旅の思い出をスマホに収めている。

 魔族である私たちが現れると、人間の子供が近づいてきて写真をせがんだ。


「お姉ちゃんの写真、撮ってもいい?」


「えぇっと……どうすれば……」


「撮らせてあげればいいだろう。そんな怯える必要はない」


 狼狽えている私にリーズ様が声をかけた。

 リーズ様の下命となれば仕方ない。


「うぅ……。ほ、ほら、こっちに来てください」


 私は人間の子供と手を繋いだ。


「ごめんなさいね、うちの子に付き合ってもらっちゃって」


「いいんですよ。ほら、どうぞ」


 若い母親も私を囲んで、狼人(ライカンスロープ)の彫像をバックに写真を撮る。

 私は観光地によくいるペテン師ではないので、お代はいらない。


「早くも観光地慣れしているみたいですね! 良い調子ですよ」


 エメットはそう言って写真を撮りながら、観光客からちゃっかり小銭を巻き上げている。

 小賢しい小娘である。


「ここで用があるのは教会の尼僧で、観光地のガイドもしている魔族だ」


 リーズ様は関係者以外立ち入り禁止の看板を抜けて、教会の奥へと歩いていった。

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