プロローグ1
王都アバンの朝は早い。
すでに冒険者や商人、組合職員を初めとする様々な人たちが行き交っている。
王都アバンは大まかに、居住区、商業区、工業区に分かれている。
居住区は人々が住む場所なのだが、貧富の差で住むべき場所が別れており、様相がまるで違う。貴族街では外装が整われた家で整備された庭があり、品というものを感じさせてくれる。市民区は木造で作られ、人が長年住むのに耐えるつくりがとられている家が連なっている。貧民区は廃墟や掘っ建て小屋が連なっており、金がないものや犯罪者が息を潜めて暮らしており、普通は近づかない区画となってしまっている。
商業区も大まかに富裕層を相手にする店と一般市民を相手にする店が別れているため、客の奪い合いが起こらない反面目新しい商品を出してかなりの収益を上げなければ大きな商店になれないという欠点もあった。
工業区は武器や防具を作る工房が軒を連ねている。生活に必要なナイフや料理を入れる皿を作る工房もあり、王都の生活を支えている。
商業区の小さな店で1日が始まろうとしていた。
「店を持ってようやく7日か」
食材屋を始めたがいいが、予想通り客はまだ来ていない。
開店準備に忙しく、宣伝等のことはまるでできなかったから当然のことではあるが・・・
掃除に時間をかけれたので良かったが、さすがに客を呼び込む努力はしなければならないな。
そんなことを考えていると扉が開いたのだった。
「いらっしゃいませ」
まだ歳は10歳ぐらいだろうか。少年が不安そうな顔で店を訪ねてきた。
「あの、ここは食べ物を扱う店なんですか?」
「そうだよ。店の概要がわからなかったのなら、すまなかった。食材屋ぐらいしか店の名前が思いつかなかったんでね」
良い名前をつけるというのは相当に難しい。生憎だが、俺にそんな才能はない。
「店の中に何もないみたいだけど・・・」
「では、店の内容を説明しましょう」
そう言って、後ろに貼られた概要が書かれた木版を指さす。
「この店、食材屋では依頼された魔物の肉や山で採取できる野草や木の実を採ってきて卸しているんだ。簡単に採ってこれるものなら安いし、そうでないものなら高い。簡単だろ?」
「魔物の肉や野草や木の実ですか・・・」
少年の顔は引き攣っていた。
そりゃ、当然だろう。この世界では魔物は食べられていない。死亡して一日程度の経過で腐るからだ。これは俺の仮説なのだが、魔素を大量に体内に取り込んでいるため魔素が抜けると体を保てなくなるせいだと考えている。そのため、冷蔵保存が効かない。人が食べて美味しいと感じる野草や木の実は魔素の濃い地域に生えているため、魔物が存在している。だから採取にあたり魔物と鉢合わせることが多く、命がけでやる仕事では決してない。冒険者組合に依頼しても誰もやってはくれないだろう、かなりの報奨金を出せば別だが。
「依頼料が払えないので帰ります」
「まぁ待て、少年よ。魔物の肉は美味いぞ。依頼料はどのくらい出せる」
「銀貨4枚です」
銀貨4枚は依頼料として馬鹿にしていると言っていいだろう。その金額で冒険者組合に何らかの依頼を出せば逆に怒られると断言できるほどだ。
ただなぜ普通に市場で食材を買おうとしないのかは気になるな。
「少年よ、依頼を受ける前になぜこの店を選び、食べ物を買おうとしていたのかを教えてくれないかな?」
少年は少し驚いた表情を見せたが、意を決して話し始めた。
「わかりました。この店に入ろうとしたのは変わったものが手に入るような印象を受けたからです。日頃からの感謝を両親に伝えようと、少し驚くようなものを贈りたいと考えたからです。依頼料が少ないのは、郊外で耕作の手伝いをして貯めたお金で、未成年で雇ってくれるところもなく、かなり足元をみられたけど1月働いて貯めました」
「ぞゔだっだのが〜〜〜」
俺は簡単に号泣する性だった。感動する話や光景を目にすると泣いてしまい、他人から呆れられるほどだった。
ひとしきり泣いた後、少年の依頼を受けることを伝えた。住所を教えてもらい、肉が手に入ったら持っていたあとで依頼料を受け取るものとなった。初めての客の依頼が感動できるものであったことが喜ばしく、他の客は当然として来なかったが、すごく良い気分で1日を終えることができた。
「さて、肉はあれで良いかね」
そう呟きながら店の二階にあるベッドで眠りに落ちるのだった。