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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
第5章 アカムとうり 1節 最後の戦い
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 上空から見ると白金近辺は灯りが少ない。繁華街から距離があって夜の店の照明やネオンがないせいだ。東京の中心に、ぼこりと空いた穴。それは深い縦坑に見える。


 アカムとうりの低層マンションは、その穴の真ん中にある。地価の高い白金の土地を贅沢に使った超高級物件だ。


(――やっぱりだ。こっちに向かってやがる)


 アカムは手の甲で涙のあとをこすった。


 世帯共通の裏庭に降り立つ。木立に囲まれた広場は、住人がレクリエーションやバーベキューをするスペースだ。昼間は青々とした芝生と陽光に溢れているが、いまは煉瓦道沿いに背の低い照明が灯っているだけで、暗い。


 カステラのように並ぶマンション棟の右端が、アカムとうりの部屋だ。1階のリビングと、うりがいる寝室の灯りがついている。


 この広場で家族でバーベキューをする。子供は煉瓦道で自転車に乗れるようになる。ランドセルの背中が駆けていく。――そんな自分とは相容れない世界の眩しさが、アカムに、ふと去来する。


(馬鹿らしい。逃げ込むな。覚悟を決めろ。――来るぞ、来るぞ、来るぞ!)


 アカムは視線を左上方、すなわち西へ向けた。ゆっくりと息を吐き、下腹に集中する。呼吸を繰り返すうちに背光が輝き、光る蓮の花があらわれて、ひらく。蕾の中では、陽神がおだやかな寝息を立てている。


(なんか、俺、落ち着いてるな)


 陽神を出すと気持ちが変わるのか、それとも――そうだよ、知ってたろう? 自分のことだけじゃあ、つまらないばかりだって。


 アカムの目が燃え、固く引き締まった表情に決意がみなぎる。足下の芝生が騒ぎ出し、軽い衝撃波に立木が揺れて、木の葉が舞う。


 アカムは右手を掲げ、掌を上向きにひらいた。直径10メートルほどの空間が歪み、内部にちりちりと光が走る。その右手を宙に固定したまま大きく踏み込み、光球を夜空へ投げる。


 光球は、その向こうの雲と星とを歪めて突き進み、ふいに消えた。そこに丸い闇があった。闇の後方で光が狂奔し、電子楽器を叩き壊したような歪んだ轟音が鳴り響く。


「駄目かッ!」


 慌ててバリアーを張る。いたずらに範囲を広げず、周囲1メートルをイメージして固く厚く維持。しかし、闇は空中に停滞して動かない。やがて黒い涙のように滴って、一部が地面に落ち、全裸の女があらわれた。体表に光と闇が渦を巻いている。


 170センチほどの背に長い艶やかな髪。均整の取れた体は若々しく、あの峨眉山で会った女が体を整えれば、こうであろうと思われた。


(お前の中にあるそれは広成子丹という)


 ジンイエ〈金夜〉とは違う、ざらりとした感触が脳内に広がった。


「お前がラオオーメイ〈老峨眉〉って、やつか」と、アカムは訊いた。


(いかにも)


 ラオオーメイの頭上の闇の一部が霧状に周囲を覆っていく。


 ――戦わずに済むかもしれない。


 アカムは、そんな甘い考えを抱いた。それは良い考えのように思えた。


 ラオオーメイが続けた。


(広成子丹は3千年前に広成子という方術の祖が残したが、それには目的がある、と、わしは考えている)


「目的?」


 ラオオーメイは教師のように頷いた。


(お前は広成子丹に翻弄されているに過ぎない。その家の中にいる者の命を救うという願いも、そう思い込まされているだけだ)


 アカムの背後のマンションを顎で示す。


「なぜ知っている?」


(お前の思念など、だだ漏れた)


「あの女はどうした? ジンイエだ」


しつけをした)


 アカムの胸が、ずきりと痛んだ。


「どうすれば、うりを救えるか知っているか」


 ラオオーメイが得たりと顔を上げる。


(お前は広成子丹と拮抗して力を制御できるようだが、陽気の細かい操作はできないだろう。方術の知識や修練が足りていないからな。――わしに任せればよい。わしは百数十年、方術を研究してきた。お前の望みを叶えて、その者を救ってやろう)


「広成子丹を抜かれた者は死ぬと聞いた」


(そういわれてきた。だが、細心の注意を払って試したものはいない。そんな機会は歴史上に無かった。危険ではあるが、お前はおそれるのか?)


「いや、俺は……」


 アカムの輪郭が黒い。闇が、ひそかに集まっている。


(大切な者を救うためには命も惜しまぬ――その気持ち、わかるぞ)


 アカムは思念を漏らさないように注意して、考えた。


 4歳の時、ドバイからの飛行機で光を見てから、自分の中に感じていた存在。ジンイエとの不思議な共感によって、その存在はアカムに語りかけた。


 あれはなんと言っていた? なぜ広成子丹を生み出したのだったか? ――わからない。だが今は、そんなことよりも。


(虚室生壁を解け。お前を待つ者のところへ行く)


 ――こいつをどう排除するかだ。


 アカムの胸の内で、なにかが強く脈動していた。戦え、戦え――たたかえ、と。


 アカムはラオオーメイに言った。


「お前は、手に入れて、どうする?」


(己のやることに、いちいち目的を付けるのは飽きた)


 ラオオーメイの思念の響きが低くなった。


 アカムは息を整えた。方術の言葉で武息にあたる呼吸だ。陽気が循環して増幅し、背光が輝きを増す。アカムにまとわりついていた闇が押しもどされ、ラオオーメイの頭上にまとまる。


(愚かな。わしが嘘をついているとでも? この東京の破壊を避け、貴様と貴様の大切な者の生存の可能性を増すには、わしが言った方法しかない。それを理解できぬか。人の話を聞かない、餓鬼め)


「人? お前が? 化け物め!」


 ラオオーメイが笑った。女の頭頂から黒い煙が立ち昇る。それは逆立つ長髪に見えた。黒煙は滞空する闇の塊に達し、中から銀色の刃が並ぶ長柄の武器があらわれてラオオーメイの右手に収まった。


 その武器の先端に、なにかが引っかかっている。丸い塊から長い筋が幾本も――。


(ジンイエ!)


 片目を見開き、唇が引きつって、歯を剥いている。美しいだけに凄まじい、血まみれの生首。


 アカムの胸で怒りが爆発した。闇が、巨大な水滴のように落ちて女を飲み込む。


 アカムは、すかさずエネルギー弾を叩き込んだ。光弾が闇にぶつかって爆散。後方に衝撃波が生じ、背後の樹々と高級住宅を薙ぎ倒す。アカムは攻撃後すぐに跳躍、左上方で次弾を仕込む。そこへ黒い塊が迫る。左手を振るって小さめの光弾をぶつける。


 光弾が闇を払うと、それは長髪を引く生首だった。かっと口をあけた鬼の形相――ジンイエ。


 防御のために上げた左腕に生首が食らいつく。


「ぐうっ……!」


 骨が軋む。予想以上の衝撃に、アカムは後方に飛ばされた。同時に力・陽気が吸われていく。


 アカムは飛ぶ力を失って白金の街に落ちた。コンクリートが巻き上がり、道路に大穴があく。


「ぐ、畜生が……っ!」


 立ち上がったアカムの眼前に闇があった。丸い大きな頭がぐるりと回転し、尻尾が高速で過ぎる。その向こうから、太く短い指が握る長柄の武器が袈裟懸けに襲いきた。


 武器は、アカムの左肩から左脇腹までを切り裂いて、抜けた。


(未熟者めが!)


 嘲笑と激痛。アカムは左肩と左腕を失った。


 武器が地面に食い込み、破裂する。銀杏並木が外側にめくれるように倒れて、そこへBMWが乗り上げ、ポルシェが追突し、セルシオがひっくり返る。


(切り落とせば、再生はかなわん)


 爆煙の中へ逃げたアカムを追って、ラオオーメイが武器を横薙ぎに振るう。放たれた陽気が刃となって飛び、砂塵を切断、背後の高層マンション群を破壊する。


 血と肉と悲鳴が交錯する地獄と化した白金のプラチナ通りに、アカムの絶叫が響いた。

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