93
「熱っつ!」
胸に熱線が走り、アカムは叫んだ。
朽ちた小屋、繁茂する緑、橙色の光。――噴き上がる鮮血。
「え?」
血のシャワー。
五感が焦点をむすぶ。
目の前に女の顔があった。首を左に傾けて、惚けたようにアカムを見ている。その顔が斜め上を向く。真上を向き、さらに反り返って、めくれるように後ろへ倒れる。上半身が肩口からざっくりと裂けている。
ぬっ、と、闇があらわれた。血に濡れた銀色の刃がひかる。それは幾本もの、どこか見覚えのある刃だった。
闇に朱い三日月が生まれ、ずらりと並んだ三角の――あれは歯だ。化け物がやってくる。胃が熱い。首の筋肉が固まる。血の気が引いて唇が痺れる。手足がふるえる。三日月の上に人間の目と鼻が見える。太い腕が刃を振り上げる。
そのとき、アカムと化け物のあいだに桜色の風が吹いた。女の、赤黒く脇腹まで裂けた傷から桜白色の小片が吹き上がる。
膨張する闇へ、花嵐が吹き込む。闇は醜い病変のように膨れて、破裂した。無音の爆発に寝台と机が砕ける。柳がなかばから折れて、倒れる。――直後に轟音。
アカムは吹き飛ばされ、小屋の外に落ちた。目の前に、あの墓標があった。木札を黒い足が踏み割る。
「うぁっ!」
やっと声が出た。手足が勝手に動いて、アカムは四つん這いで逃げた。空中へ出て、後方に全開のバリアーを展開し、一目散に雲を目指す。
アカムは自分の行動に狼狽した。
(駄目だ、なにをしてるんだ。まだ、なにも分かっちゃいないじゃないか――!)
と、アカムの胸から銀色の刃が生えた。
「な!?……バリ……ア……」
凶器を呆然と見つめる。出鱈目な方向に突き出した複数の刃が闇を吹く。アカムは飛ぶ力を失い、落ちた。
「力が……っ!」
熱病のとき、高熱を予感させるあの悪寒。それに倍する寒気が背筋を走る。
(早く……抜かないと……)
背中に手を回して柄を掴んだが、引き抜く覚悟を決めるのにわずかに時間がかかった。その間に森がみるみる迫る。焦ったアカムの手が血で滑る。
左肩から草地に落ちた。血を吐いて、痛みに呻く。ぎりぎりの意識の中、見上げた空に闇がわだかまっていた。闇は、どろりと滴り落ち、底を割って黒い怪物があらわれた。
「あ、あ、あ……」
(エネルギー弾を――)
必死に集中して力を集める。しかし、熱は生まれしな消えてしまう。
(こいつか……)
柄を掴もうとして左肩の激痛に呻く。左腕が動かない。視界が暗転した。なにかが頭を掴み、アカムを持ち上げている。刹那、凶器を一気に引き抜かれて、稲妻のような激痛にアカムは意識を失った。




