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(タイム・イズ・マネーというのは本当だな)
吉田和志は、アカムとうりの新しいマンションの部屋を見渡した。
時間を金で買うのはビジネスの常識だが、破格の財力がすべてを一瞬で終わらせるのを実際に見ると、少々、引くものがある。この物件にしても、元オーナーに大金を払って1日で追い出したのだ。まあ、赤鉄アカムの名前の方が効いたかもしれないが。
赤鉄アカムから電話があったのは2日前の午後だった。それ以来、短い仮眠以外休憩を取っていない。マンションの手配、医療器具の調査と入手、シアトルから成田までの航空券の大量購入に、同数のホテル予約。成田エクスプレス、タクシーの確保。マンションに宿泊するスタッフの食事、家政婦の手配。
そういった吉田の多大な事務処理の結果、白金の高級低層マンションのリビングは、米国エイベル脳科学研究所の集中治療室と化していた。
全体を仕切るのは、アメリア・リードという女医だ。背の高いアメリカ美人で、容姿もさることながら、言動が隅々まで凜として、かなり迫力がある。話をして数秒で、卓抜した人物であると実感せざるを得ない種類の人間だ。
部屋を行き交う研究員は、みなアメリカ人だが、人種は様々だ。誰もが無駄なく機敏に動く。このとんでもない状況を受け入れ、役割を果たそうとしている。
チームには日本人もふたり、加わっている。槇則医師と岩瀬看護師で、彼らは医療のほかに研究員の生活の面倒も見ている。リード女史を含めて、アメリカ人スタッフは高輪のホテルに宿泊しているので、夜のマンションには槇則医師と岩瀬看護師だけが残る。まだ動き出して半日しか経っていないが、チームはすでに潤滑に回転していた。
「吉田さん、うりを頼みます」
30分前、殊勝な態度で赤鉄アカムが言った。
吉田は赤鉄アカムに情など感じていないし、可能なら殺したいほど憎んでいるが、袴田うりに関しては別だった。ちいさな花のように可憐なあの少女が死ぬところなど、吉田は見たくない。
インターホンが鳴り、壁のディスプレイに帽子の男が映った。男の後ろに警察官の制服が見える。
「はい」と、スイッチを押して答える。
「あの、ライムセキュリティですけど、こちらでいいんですよね」
男の視線が泳いでいる。無理もない。監視カメラ設置に来たら、現場が警察に包囲されているのだ。
「はい、合ってますよ。入って下さい」
解錠ボタンを押す。電子音が門のロックが外れたことを知らせる。このマンションは、部屋はそれぞれ別棟で、敷地への出入りやセキュリティは集中管理になっている。
監視カメラの追加設置は吉田が提案した。医療スタッフとはいえ、相手はアメリカ人だ。トラブルや過失を見越して、きちんと証拠を残しておく方がいい。米国勤務の経験がある吉田にすれば当然の施策だった。
インターホンが鳴った。玄関へ行き、扉をあける。薄緑色の繋ぎを着た若い男が、ふたり、立っていた。名刺をもらって、招き入れる。
庭の向こう、柵を隔てて、警察官と機動隊が詰めているのが見える。青い制服の中に白い色が翻る――ナース服だ。岩瀬看護師が警察官と話をしている。あの看護師は妙に色気があるから、毎日顔を合わせて仲良くなったのかもしれない。
(呑気なものだ)
吉田は扉を閉めた。




