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手術室にアメリア・リードが入って来た。美しい金髪を手術帽にたくし込み、顔の下半分をマスクで覆っている。そのせいか、深い湖のようなブルーの目が、いつもより印象的だ。
(まるでティーンエイジャーのようだ)と、タク・ブラウンは思った。
普段のアメリアは30代に見えるが、タクは先日、アメリアの50歳の誕生日を、みんなと祝ったばかりだ。
しなやかな長身が、タクの横をすぎて患者の上方にまわった。患者は白くはっきりした光に照らされ、緑の重苦しいカバーにすっぽりと包まれており、剃髪した頭頂部だけが見える。
「はじめるよ、オーケー?」
アメリアが言った。
「イエス」
タクはうなずき、ワゴンを引き寄せた。ワゴンには、メス、電動ドリル、そして専用のノコギリが乗っている。
緊張で右瞼が痙攣する。興奮を抑えようと、タクは自分に語りかけた。
(落ち着け。天才の技を間近で見られるんだ。盗めるものは、すべて盗んでやる)
アメリアは右手の人差し指と中指を揃えて、患者の頭をなぞりはじめた。直接、触れてはいない。不思議な行為だった。
普通、慢性硬膜下血腫は、ドリルでの穿頭で処理するが、この患者は、すでに同様の手術を2回受けている。頭を開けても血腫が見つからないのだ。血腫が移動する特殊な症例だった。
「うん、ここね」
アメリアが右側頭部の一カ所に触れて、言った。
(――え?)
タクは思わず出そうになった声を慌てて飲み込んだ。
(事前にCTスキャンで特定した患部とちがうぞ)
アメリアは、さっき押さえたあたりを、もう一度、金属探知機で宝を探るように2本指でなぞっている。
「うん、やっぱりここ――メス」
アメリアが左手を差し出す。タクはメスを渡した。ほんの少し、皮膚を切る。タクは脱脂綿を用意していたが、出血はない。偶然、血管を避けたのだろう。
「ドリル」
すかさず、電動ドリルを渡す。アメリアは、こちらを向いて怪訝そうな顔をした。
「手動ドリルを頂戴」
「え、でも、いまここにありません」
「じゃあ、取ってきて」
「でも、電動のほうが素早く正確で、患者の負担も……」
「あなた、助手を交代する?」
「……ソーリー」
タクは機材棚に飛びつき、手動ドリルを探した。目の前にあった物を手に取ったが、看護師が横から手を出して奥の箱を取った。
「これを持って行って」と、看護師が言った。
アメリア専用のドリルなのだろう。この看護師はベテランで、何度もアメリアの手術をサポートしている。
アメリアはドリルを操作し、あっという間に頭蓋骨に穴を開けた。タクは、緊張して待った。頭蓋骨内部には太い血管がある。かなり出血するはずで、素早く止血する必要があるが――。血は一滴も出ない。これも偶然なのか?
「ドレーン」
アメリアの指示に、タクの動きがまた止まる。
(硬膜下の血腫が移動しているのだから、面で見るために頭蓋骨を開ける予定だったはず。術前会議では――否、2ステップ目だと言ってたか。でも、それでも開頭はしなければ……)
「どいて」
看護師がタクを押しのけてアメリアにドレーンを渡した。
「この先はシャーラが助手をして」と、アメリアが言った。
「イエス」
看護師は誇らしげに答えた。




