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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         4節 アカムの奔走
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 槇則医師は、白地に黒いドットのシャツに、光沢のあるグレーのタイ、そして白衣という出で立ちだった。サラリーマンをしていたアカムから見ると胡散臭い服装だ。ベテランホストが医者のコスプレをしているように見える。髪をダークブラウンに染め、眉を整えて若作りしているが、よく見ると肌はくすみ、たるんでいる。


「槇則さん?」


 アカムの誰何に、男が首を小刻みに揺らして肯定する。アカムは、うりを簡易ベッドに寝かせた。


「今朝、倒れたんだ。診てやってくれ」


「あ、赤鉄アカムか?」


 槇則は後ずさりして椅子を倒した。椅子が机の足に当たって、さらに大きな音を立てる。アカムは首の後ろに鳥肌が立った。


「早くしろ、お前の患者だろ」


 槇則は不思議そうにうりを見て、鯉のように口を開け閉めしながら、言った。


「ほ、他の患者がま、待ってる、ますから、順番にグぅえッ!?」


 アカムが突き出した右手の延長線上で、槇則が宙に浮く。熊手にした右手の形に槇則の首がへこんでいる。槇則は顔を真赤にして手を首にあて、両足を動かすが、どうにもならない。涎が首をつたう。


「早くしろ!」


 右手を動かして、槇則を簡易ベッドの横に移動させる。


「待って!」


 槇則の胴に看護師がすがりつく。少し太っているが、妙に色気がある女だ。顔立ちは整っていて、薄い化粧のせいで若く見えるが、30歳は超えていそうだ。


 看護師が、槇則の首から血が滲んでいるのを見て、息をのむ。喉をかきむしる槇則の手を押さえて、言った。


「すぐ診ますから、お名前を――その子のお名前を教えてください。カルテを出しますから」


 槇則の身体が床に落ちる。四つん這いで荒い呼吸を繰りかえす背中を看護師がさする。


 アカムはふたりに近づいて、うりの薬袋を突きだした。看護師が受け取り、涙でぐしゃぐしゃの槇則を立たせた。槇則が赤ん坊のように看護師にすがりつく。


「先生、しっかり」


「こいつ、本当に医者なのか?」と、アカムが言った。


「もちろんです。優秀な素晴らしい医師です」


 アカムは鼻を鳴らした。槇則は、よろよろとベッドへ向かい、うりの顔をのぞき込んだ。


「この娘は……そうか、やはり……」


 アカムは聞きとがめた。


「いま、なんつった?」


 すかさず、看護師が割って入った。


「ま、待って下さい、まず、ちゃんと診てみないと、ね、先生。さあ、早く検査室に運びましょう」


 看護師が素早くベッドを操作してロックを外す。うりを乗せたまま、ベッドが動きだした。槇則はアカムに一礼して、ふらふらとあとに続いた。




 アカムが廊下へ出ようとすると、看護師が飛び出してきて肩がぶつかった。


「すみません! カ、カルテを取ってこないと」


 ひしゃげたファイル棚を漁りはじめる。そこへ、若い女性の看護師がふたり駆け込んできた。


「岩瀬師長、先生は?」


 先頭のポニーテールが言った。


「飯田さん、患者さんたちの様子はどう?」


 看護師長・岩瀬が手を休めずに聞きかえす。ポニーテールの看護師が答える。


「無理です! 怪我人が多いし、パニックが収まりません。どなったり、泣いたりして、あたし……」


 泣き出したポニーテールの看護師の背中を太った看護師がさする。アカムは、ふたりを追い出そうとしたが、それより早く、岩瀬が言った。


「めそめそしない! 新居先生の所に応援を呼びに行きなさい。それから警察に――」


 岩瀬は言葉を切って、アカムを見た。


「そんなん、好きに呼べ」と、アカムは言った。


 アカムに気づいた看護師ふたりが小さく悲鳴を上げる。岩瀬は、ふたりのところへ行き、肩を抱いて小声で話をしてから送り出した。そしてファイル棚にもどり、オレンジの薄いファイルを取り出して、部屋から出て行った。アカムも、あとに続いて白い四角い穴をくぐった。




 巨大なドーナツ状の測定器に、うりが滑り込んでいく。宇宙戦艦の航行音のような唸りがモニタールームまで聞こえる。


 槇則は平静を取り戻したようだった。首に包帯を巻き、真剣な眼差しでモニターをのぞき込んでは、クリームパンのような手をした技術者となにやら話をしている。岩瀬は先ほど検査室を出て行った。


「よし、じゃあ脳波に行こう」


 槇則が言い、うりが運び出される。廊下を経て、別の部屋へ向かうようだ。


「どうなんだ」


 気がせいて、アカムは尋ねた。うりが今にも死んでしまうのではないかと気が気ではないのだ。


 槇則が歩きながら答える。


「脳波と血液検査で状況を見ます。ただ――」


「うりは、まだ3ヶ月くらい余裕があるって言ってたぞ。お前がそう言ったんだろ。なんで今日、倒れた?」


「それは……」


 槇則の首筋が震えた。


「先生、はじめますよ」


「脳波検査室」と扉に書いてある部屋から技術者が顔を出した。


「あ、あとで、きちんと説明しますから。それまで、待って下さい」


 そう言って、槇則は小走りで脳波検査室へ向かった。アカムは奥歯を噛みしめて槇則のあとを追った。


 うりは、こんどはリクライニングシートに寝かされ、ドーム状の機器に頭を突っ込んでいる。


(こいつら、全力でやっているのか。澄ました顔で淡々とこなしやがって。信用できない。やつらには力の流れも見えてない)


「畜生め!」


 怒りが風を呼ぶ。槇則と技術者がよろめき、隣室のうりのシーツがめくれ上がる。


「ひっ」


 ちょうど脳波検査室に入ってきた岩瀬がファイルを取り落とした。その岩瀬を押しのけて、緑色のつなぎを着た男が、どかどかと入ってきた。


「おい、院長はどこだ!? こっちは1ヶ月も前から予約して――いるじゃないか。おい先生、なにしてんだ!」


 男が槇則の鼻先に詰め寄る。


「娘は学校を休んで来てるんだ! 子供だからってなめてんのか!?」


 男が、いきなり吹っ飛んだ。廊下の壁にぶつかって、へたり込む。岩瀬が駆け寄って様子を見ているが、ぴくりとも動かない。


「早く仕事にもどれ」


 アカムは槇則と技術者に言った。

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