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「2親等まで揃えました。簡単なことです」と、端境が言った。
父親と母親、叔父と叔母とその娘。ほかに、子供の頃に会っただけの、ほとんど見覚えのない親戚もいる。ひどい拷問の傷痕を全身に刻み込んで拘束されている。もはや赤黒い肉の塊だ。
「薬をたっぷり使ったんで、だいぶ金が掛かりましたよ。死なないように、加減しながらやりました。定期的に治療しなきゃいけないから、その費用もばかになりません。
ハハッ、いやあ、こんなに長い時間陵辱の限りを尽くすのはさすがの我々も骨が折れました」
「黙れ」
「ハハッ、お怒りかい? 家族に危害が及ぶと想定してなかったのか、てめえは。未熟だねえ。暴力でなんとかなると思ったか?」
「殺す」
「どうぞ」
「これ以上の苦しみを与えて、殺す」
「覚悟の上だ、馬鹿野郎。ここに残っているのは死ぬ気の奴だけだ。他は、家族も含めて、てめえなんかは辿り着けねえ場所に隠した。――やってみろよ。てめえの未熟な拷問を嘲笑ってやる」
アカムの背後で真北が動いた。合口を腰だめに、畳を蹴って躍りかかる。アカムはその合口を素手で掴んだ。
「あんたも参加したのか」
「誰が、てめえの親戚なんてえ汚ねえもんに触るかよ」
真北の頭が吹き飛んだ。血と脳症の花が咲いた襖を破って、いっせいに火線が生じる。襖が倒れ、銃を持った男達が踏み込んできた。
アカムはバリアーで銃弾を受け止めながら、蠢く肉塊にしか見えない両親と親戚を見た。
右手を振るう。肌色と血と汚物の群れが、赤い霧となって散った。
(ああ……)
アカムは、背中を弓のようにしならせて天を仰いだ。巻き起こる風が血と脂を巻き上げる。
「ひひ――」と、笑う。
「家族もなにもなしか。貴様は人間じゃねえ。てめえを殺せねえのが悔しくて仕方ねえ」
端境は座したまま、いささかも動かない。
(――これでいい)
アカムは、くるくると回りはじめた。風が凶暴さを増し、襖が吹きとび、畳が浮きあがる。柱がきしんで屋敷が悲鳴を上げる。
(――否、これがいい)
「いいなあ!」
閃光――。
端境邸が爆散した。燃える建材が周囲数キロにわたって飛び散り、炎が閑静な住宅街に降り注ぐ。屋敷があった場所には、直径200メートルの黒い穴が残るのみ。
アカムは、端境とともに穴の中心にいた。ふたりの他には誰もいない。
「お前の家族はどこだ?」
尻餅をついて動かない端境に、アカムが訊いた。端境は地面に血の唾を吐いた。
日はとっくに落ちて照明もなく、あたりは墨を流したように暗い。アカムは、その闇よりも濃いビロードの黒に沈んでいる。輪郭がざわざわと動く。
「俺に辿り着けない場所って、どこ?」
答えぬ端境を、顎を掴んで吊り上げる。腕から黒い滝が流れ落ちる。
「なあ、どこよ?」
端境は死んだ魚のような眼でアカムを見ている。ごきり、と鈍い音がして端境の口から血が溢れた。
「なあ?」
血の泡を吹き、呻き、それでも端境は声を出さない。
アカムのうなじから、どっと闇が吹き出す。もはや全身が闇に飲まれようとしている。その闇が動く。アカムの腕を伝って端境の方へ。端境の目が流動する闇を追う。
「……無駄だ……殺せ」
血を吐きながら、言った。その口へ闇が入りこむ。
「うあぅ……うぉ……っ!」
端境の顎を這いおり、首から服の中へ向かう。びくり、と端境の体が跳ねた。
「やめ……ろ……て……ぐあああああっ!」
アカムが端境の左足の膝から下をねじ切った。端境を床に叩きつけ、背中を踏んづける。めきり、と背骨の砕ける音がした。
端境は、かすかに残った意識で妻との30年を想起した。妻の借金を背負い、極貧生活のなか娘を育て、命がけで成り上がった。世間的には極悪人だが、夫の役割、親の役割を精一杯果たしてきた。
「端境……卓志を……なめるんじゃ……ねえ……ぐあああああ!」
右足が熱い。なにをされたか、もう分からない。端境は嘔吐した。
「家族はどこだ?」
耳元で囁き声がする。
(みどり……潔子……)
「どこだ?」
端境は歯を食いしばって耐えた。下半身になにかが触った。刹那、痛みが爆発する。端境は嗚咽しながらのけ反った。
(――入ってくる。でかい。やめろ駄目……無理だ……おおお)
首をまわして尻を見る。毛むくじゃらの手が、肌色の――あれは俺の足だ。こいつ、俺の足を腹に入れようとしている!
(やめ……破れ……ぐ……)
「ぐぎゃあああああああ!」
腹を蹴られて仰向きになった。そこに闇があった。闇は膝をつき、爪のある手が突き出て、刺さった足を抜いた。
「お前の家族はどこにいる?」
闇が言った。人の声ではない。
なにかが入って来た。気持ちが崩れていく。なにもかも、どうでもよくなっていく。
(俺はなぜ、なんのために耐えている? なぜ聞かれたことに答えないんだ?)
「どこだ?」
また、闇が言った。
ついに端境はその場所を言った。そして、死んだ。




