71
吹き抜けの玄関を通り、洋間のならぶ廊下を抜けると和の空間があらわれた。部屋に入ると寺のようなお香の匂いがした。
奥まった24畳の広間で、アカムは端境卓志と対面した。ふたりの間を隔てるものはなく、それぞれの右側の茶托で、湯飲みからかすかに湯気が上がっている。
真北は端境の左後ろに控えた。
「端境卓志です」
「赤鉄アカムです」
端境は、リラックスしたジャケットスタイルだった。営業マンのような短髪で、年の頃は50半ばから60だろう。しっかりした骨格を感じさせる大柄な男だ。髭をたくわえた和服の組長を期待していたアカムは拍子抜けした。
ハハッ、と、端境がミッキーマウスのような甲高い笑い声を上げる。
「こうしてお越しいただいて、ありがとうございます。真北になんとしてもお連れするように言ったのですが、強引な手は使いませんでしたか?」
「ある意味強引でしたが、とても楽しかったです」
「そうですか、それはよかった」
端境はゆっくりと頷き、湯飲みを持ち上げて口元に運んだ。
「それで、ご用はなんでしょう?」
ハハッ、と、端境がふたたび笑う。
「前置きはお嫌いのようですね。わかりました。単刀直入に申し上げましょう」
ことり、と、湯飲みを茶托に置く。
「――てめえ、よくも俺の娘を地獄に落としやがったな」
静かな口調だった。
「……誰のこと?」と、間を置いてアカムは訊いた。
「潔子って名だ。モデルをしていた」
「覚えてないね」
真北の眉がぴくりと動いた。
「部屋に引きこもって出てこない。精神を病んで回復の兆しが見
えねえ」
「それは大変だ」
真北が片膝立ちになった。唇から血が流れ、握りしめた拳が震えている。端境がアカムを見たまま、左手を伸ばして真北を止めた。
「この真北は小さい頃から潔子の面倒を見ていてね。真北、辛抱が足らんぞ」
「すいやせん」
ぼそりと言って、真北は視線を落として正座にもどった。
真北が照射する殺意が胸に刺さる。これだけの憎悪を隠して慇懃に接していたことを思い、アカムはこの男に畏敬を感じた。
アカムは言った。
「それで、どうしろと? 責任を取って嫁にもらえとでも?」
「ハハッ、そんなことは申しませんよ。直接的な復讐も考えていません。だって無理でしょう。
あなたのことは調べました。正真正銘の無敵だ。かちこみを掛ける、と言い張る真北を止めるのに苦労しましたよ。任侠として義に散るのもいいが、なんの効果もないんじゃ無駄死にです。
そこでね、あなたには別の苦しみを用意しました。私どもは様々な人生の苦しみの扱いに慣れておりますからね。選択肢は複数ありました」
端境の眼差しが氷点下まで冷える。
「ヤクザを舐めるんじゃねえぞ、ガキ。地獄に叩き落とす方法は殴る蹴るだけじゃねえってことを教えてやる」
アカムの頭に、うりの笑顔が浮かんだ。
端境の指示を受けて真北が立ち上がり、次の間へつづく襖をあけた。分厚いカーテンが開くと、そこには、アカムの両親をはじめとした親戚たちがいた。




