6
めくるめく光輝がハンオウ〈韓応〉の目を射た。吹き荒れる陰陽の気が嵐となって襲いくる。たまぎる赤子の悲鳴が心臓を握りつぶす。
(あの闇は、まさか陰気か!? もう待てぬ!)
「そこにいろ!」
ハンオウは忘我の年少の黒衣の肩をたたき、ジンイエ〈金夜〉に向けて走りだした。
黄金色に光る珠が栗鼠からはなれ、闇を引いて上昇していく。ジンイエの陽神が、その幼い手を伸ばす。
「させぬ!」
叫んで、ハンオウは距離なかばで地面を殴りつけた。陽気を乗せた拳が地をわり、大地を内側から吹きとばす。莫大な土砂が、巻きこまれた樹木とともにジンイエに降りそそぐ。数瞬おくれて、左右から金属音を響かせて鎖がはしった。残るふたりの黒衣だ。
陽気をよく通す神鉄で作られた鎖は樹木をつらぬき、薙ぎ倒しながら、土砂煙に突き刺さった。
「好(よし)!」
ハンオウは15メートルを一気に跳躍し、左に位置取った。
(ゆるせ、森の住人たちよ。すべては大地を守るため)
心の中で謝罪し、ハンオウはふたたび地面に拳を突き刺した。
◆◆◆
インチュアン〈銀川〉はいまだ動かず、下生えに低身している。黒衣たちが事前の指示を無視して独断で動いている。
(ハンオウの野郎、あれほど言ったのによ)
2度目の爆発。樹々の倍ちかい高さまで巻き上がった土砂が、魚の群れのように向きをそろえてジンイエを飲みこむ。――刹那、土砂の動きが反転し、圧倒的な勢いで膨れあがった。
(虚室生壁が、あまりに強靱だ。土砂煙の目隠しと神鉄鎖での捕縛など――)
「通用しねえよなあ――師姐!」
◆◆◆
ハンオウは咄嗟に跳躍して、向かってきた太い幹をさけた。
土砂の豪雨のなか、ジンイエの方向へ伸びる神鉄鎖に桜色の花が咲く。蛇が縄を這いのぼるように、鎖をもつ黒衣ふたりにかがやく花弁が迫る。
「はなせ!」
叫んだときには、花弁はふたりの全身を包んでいた。黒装束が裂け、月の光が白い肌を照らす。――そして、破裂。
「ウェン! シン!」
五台山の里で、ともに修行に励んだ日々がよみがえる。
ハンオウのすぐ横を影が駆けぬけた。
「スイル、やめろ!」
年少の黒衣は走りながらシンの鎖をつかんで、自分の鎖とともにふりあげた。2本の鎖が柱のごとく天に立ち、土煙からあらわれたジンイエの頭上を襲う。
年少の黒衣の体中に光の花が咲いた。両腕を振りあげた姿勢のまま、咲いた花の数だけ血線を引いて倒れる。両脇に、とぐろを巻いて鎖が落ちる。駆けよって受けとめたハンオウの腕に、血まみれの体が、ぐにゃりとまとわりついた。
「スイル――」
答えはない。それどころか、その体には微かな命の余韻も残っていなかった。全身の経絡が完全に断たれている。
「なぜ、ここまでする――同胞だぞ!」
激昂するハンオウの下半身を花弁の群が薙いだ。ハンオウは倒れ、年少の黒衣の死体も草地に落ちた。赤い視界の中で、ジンイエが右手をあげる。人差し指と親指が円を描く。
(――一矢を報いることさえ、できないのか)
ハンオウが死を覚悟した、そのとき――。
「ジンイエェェェェェッ!」
ジンイエの頭上にインチュアンが跳んだ。
腰だめの右拳に放電の火花が散る。ジンイエが右手の小円を口にあて、インチュアンのほうを向いた。呼気が桃色の花嵐となる。




