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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         2節 六本木ヒルズの戦い
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 カラマは、マッコウクジラと戦うダイオウイカのように、怪物の頭に絡みついていた。吸盤の棘が濡れた皮膚にがっちりと食い込み、離さない。地面に激突する寸前、蜘蛛のようなドーム状のオブジェに伸ばした触手を引っかけて、落下方向をかえた。


 怪物は滝を模した噴水に突っ込んだ。盛大に水しぶきが上がって黒い板状の岩が砕ける。激突の直前に離れたカラマは、脚が抜けて傾いてしまった蜘蛛のオブジェの上に降り立った。


 岩をはねのけて怪物が立ち上がる。――大きい。体高は3メートルを越えるだろう。のっぺりした腹に朱色が炎のように燃えている。


火蜥蜴サラマンダー――)


 丸い鼻先に、人の顔の鼻から上が浮かび上がっている。見開いた目が、きろきろと動き、六本木通りを見る。


(やはり、七剣が狙いじゃんね)


 カラマは触手を伸ばして火蜥蜴を縛りあげ、ありったけの陰気を打ち込んだ。足が変化した触椀を石敷きに突き入れ、六本木通りと反対方向へ投げる。


 火蜥蜴は自動扉をガラス壁ごと破壊して建物・ウェストウォーク内へ突っ込んだ。中から黒煙が、どっと吹き出す。カラマは照明や柱に触手を引っかけて、空中を滑空して追った。


 ウェストウォークのショッピングモールは無残に破壊されていた。ガラスや建材の破片が散らばり、あちこちに人が倒れている。カラマが飛ぶ下を、黒煙の中、買い物客やショップ店員が出口へ走っていく。


(だいぶ陰気を打ち込んでやったけど、さてね――)


 陽気が陽気と出合うと反発して光を発する。陽気が陰気と出合うと相殺して両者が消える。そして、陰気が陰気と出合うと変質して毒が生まれる。


 ハシャル(蠱)と呼ばれるその毒は魂を蝕む。冒されれば気力を奪われ、動きが鈍り、最後は自死する。サーヒラ(魔術士)同士の戦いは、基本的に、ハシャル(蠱)による消耗戦となる。


 カラマは、スイがもう1匹のサーヒラ(魔術士)に襲われるのを見ていた。心配ではあるが、火蜥蜴もスイを狙っているのだから、奴らに共闘を許すほうが危険だ。


(それに、おそらく、こっちが――)


 ふいに、カラマの頬を冷気がなでた。


(……やっぱり、あいつじゃんね)


 空気が凍って、白く輝きだす。そのきらめきの中を、泳ぐように陽気の中心へむかう。


 突き当たりをヒルサイドへ左折し、大屋根プラザへ出ると、気温がさらに低下した。もはや氷点下であろう。


 前方で陽気が一気に膨れあがる。カラマは着地して、陰気を放出して体を覆った。鋭い破砕音が連続し、建物全体が凍りついていく。店頭に並ぶ美しい商品も、逃げ遅れた人々も、白く固まってしまう。数瞬の無音のあと、すべてが崩壊した。



   ◆◆◆



 闇をまとった獣が地を蹴った。身の丈2メートルをゆうに越える巨体が軽々と宙に舞う。スイ〈錘〉は陽気をきりのイメージで前方に放出しながら突っ込んだ。1人と1匹は交錯し、互いに距離を置いて対峙した。コンクリートに獣の爪痕が深々と残る。


 闇が揺らいで異相がのぞく。鼻が伸び、口が裂け、長い舌を垂らした獣――だがそれは、まぎれもなくハンオウ〈韓応〉だった。


(あれが、奴のぼうか)


 獣の腕が地面を叩き、巨体が跳ね上がる。ハンオウの体から吹き出した闇が迫る。右斜め前方に滑るように跳躍して、スイは流星錘を投擲した。闇を払い、貫いた先に獣の姿はない。


 跳躍して下がったスイの足もとに獣が現われたと思うと、スイを引き倒し、陰気による相殺で防御を失った体にのしかかった。


 スイの顔に糸を引いて獣の涎が垂れる。鼻先に陰気の混じった黒い吐息がかかる。


 ハンオウは片手でスイの両手を頭上に押さえ、のしかかった。獣の息が顔にかかり、その異臭にスイの眉が動く。


「幼女のころから、インチュアンに使われていたのだろう? 年端もいかぬ少女を手込めにして好みの女に仕立てるなど、卑劣よな。哀れな貴様にインチュアンなど比べものにならぬ悦びを教えてやろう」


 尖った鼻先の花びらのような襞が、ひとつひとつ膨らんで破裂しそうだ。つるり、と、スイの鼻から血が流れた。


「そう焦るな――!?」


 腰を引いたハンオウの目を突然の閃光が焼いた。風が黒煙を散らす。つぎの瞬間、ハンオウは空中高く飛ばされていた。


 ライトアップ照明が獣の全身を照らし出す。異常に発達した上半身と、華奢に見える人間サイズの下半身。全身が青黒い毛に覆われていて、ジーンズの膝下に犬のような脚がのぞく。丸い頭頂に三角の耳があり、口は耳まで裂けている。鼻は無毛のピンクの三角錐で、まるで土竜もぐらだ。鼻の先端を花びらのような襞が取り巻いている。腕は短く、顔よりも大きい掌が外側を向き、半メートルに達しようかという鉤爪が並ぶ。


 ハンオウは、首都高速に着地し、いまいちど闇を吹きだした。


 そのとき――。


 首都高速を走行中のトラックの運転手が、前方に立つ異様な怪物に気づいた。運転手は咄嗟にブレーキを踏もうとしたが、下方から吹き上がった黒い霧に驚いてアクセルを踏み込んでしまった。


 運転手の意志に反して加速したトラックは、ハンオウに突っ込んだかと思うと玩具のように跳ね上がった。巨大な手が空中のトラックを殴打する。運転席がつぶれ、ひび割れたガラスに運転手の血と脳症が飛び散った。


 トラックは防音壁を突き破り、六本木ヒルズの駐車場入り口に佇むスイにぶち当たって、地下駐車場への坂を火花を上げて駆け下った。ハンオウは、やってくる車両を次々にスイに向けて打ちつけた。

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