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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         2節 六本木ヒルズの戦い
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 スイ〈錘〉は、どこまでも広がる夜景の中に飛び出した。高く聳える青い光柱は森タワー、遠くオレンジの三角錐は東京タワー、眼下に散らばる宝石は六本木の街。空は重く垂れ込めた曇天。室内から広大な空間へ――知覚の落差を一瞬で掌握してハンオウ〈韓応〉を探す。


(ハンオウに神通力じんつうりきはない――手のとどかない高空へは行けない)


 神通力とは、陽気で風と重力を操って空を飛ぶ方術で、古来より仙人の証だ。仙化せんげ(陽神を生んで仙人になること)できずに黒衣ヘイイーになったハンオウにはできない。


 いきなり、後ろから闇が襲いきた。振りむいたスイが見たのは夜より暗い大穴だった。


 スイは下半身に衝撃を受けて真横にふっとんだ。腹と背に、熱い、ざらりとした痛みが走る。おそろしい力で圧迫されて、口から内臓が飛び出そうだ。


 黒く丸い頭をした怪物が、スイを咥えて斜めに落下していく。


(障壁が――) 


 方術士が戦闘の際に必ず展開する虚室生壁が消えている。このまま超常の戦闘に挑むなど、丸裸で業火に突っ込むようなものだ。


相殺そうさいか)


 早く抜け出さねば噛みつぶされる。


 スイは右手で背中の七剣のひと振りをもぎ取り、怪物の頭に突き刺した。怪物が、汚らしい、うがいのような音を出して頭をふる。光の粒が万華鏡のように回転した。


 怪物とスイは、メトロハットと呼ばれる円筒形のガラス張りの建物に突っ込んだ。無数のガラス片とともに地下階に落ちる。


 メトロハットは直径約30メートルの縦穴で、日比谷線六本木駅の地下通路につながっている。この時間、通路もエスカレーターも通勤の人でいっぱいだ。


 内壁に一度ぶつかり、衝撃で息が止まる。


 このまま障壁なしでコンクリートに激突すれば命はない。


 スイは再び七剣を突き刺し、怪物の口蓋を蹴って口から逃れた。目を閉じて呼吸を整え、障壁を張る。


 刹那、全身に衝撃がきた。コンクリートを深く抉り、それでも勢いが止まらずにバウンドして、日比谷線六本木駅のほうへ地下通路を転がる。右肩の激痛で離してしまった七剣が、血を引いて白い通路を滑っていく。


 インチュアンがサーヒラ(魔術士)について語っていた言葉がよみがえる。


「サーヒラ(魔術士)に障壁はない。しかし、奴らは人外の肉体に変貌へんぼうする。陽気を相殺されたまま戦えば、方術士に勝ち目はない。相殺に同量の陰気は必要ないからな」


 術士としての実力が同じなら、サーヒラ(魔術士)が有利ということだ。


 痛みの緩和をせず、できるだけ多くの陽気を怪我の回復にまわす。右肩は、骨に埋め込まれた七剣を強引にもぎ取ったため、肩甲骨が割れている。腹はひどい出血で、これ以上血を失うまえに裂創をとじないといけない。


 細かな雨が蓋を失った地下階に降り注ぎ、めちゃくちゃになったカフェの奥から黒い煙がわき出してきた。


 七剣の翼に風を巻き、スイは地下通路を滑空して、メトロハットの中を夜空を目指して上昇した。


(時間を稼いで回復だ。カラマと合流しなくては)


 六本木の街に飛び出すと、振り向いて左腕を上げる。手の平の上には、すでに放擲ほうてき(陽気の砲弾)が輝いている。


 黒煙あふれる大穴に打ち込む寸前、スイは躊躇した。駅通路やカフェで血を流して倒れている人や、逃げまどう人々が目に浮かぶ。


 その一瞬で、黒煙がスイに追いつき、押し包んだ。放擲は消滅し、七剣の翼による飛翔力も失った。バランスを崩し、スイが落ちる。


 そこへ巨大な口が迫った。三角形の鼻先に人間の顔の鼻から上が小さく乗っているのを、スイは見た。怪物が闇を吹き、口の中で黒いものが、ぐんと盛りあがる。


(まずい――)


 陽気を失ったスイには、なすすべがない。


 そのとき、怪物の背後で白い触手が踊った。鮮烈な花火のように夜空に広がって怪物を縛り上げる。怪物は、ごろごろと呻き声をあげ、触手とともに落ちていった。


 このときはじめて、スイは怪物の全身を見た。尾を引く黒煙で細部は判然としないが、三角の頭、太く短い手足、それから長三角形の尻尾が確認できる。ときおり閃く朱色は腹だ。巨大な両生類の姿だった。


 陽気を回復し、加勢するべく後を追う。


 怪物が噴水に突っ込み、石敷きの地面がスイの目前に迫る。


 着地の姿勢を取ろうとしたとき、地面から青黒い獣が飛び出し、50センチはあろうかという鉤爪でスイに襲いかかった。


 スイは、鉤爪のなるべく根元を十字受けで受けた。しかし、肩甲骨が砕けている右腕が先に崩れ、右肩を強打した。


 スイは雨に濡れた六本木通りに叩きつけられた。激痛で頭が真白になる。それでも、うめき声ひとつ漏らさない。即座に左手をついて立ち上がり、敵を注視する。


「ドルルルルルル!」


 獣が吠えた。首筋から吹きだした闇が、顔の真ん中のピンクの円錐をなぞって流れ落ちる。牙のはえた口から桃色の舌が出て、長い鼻面をべろりと舐めた。

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