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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         2節 六本木ヒルズの戦い
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 葵クリニックに、ぼろぼろのスイ〈錘〉がやって来たのは夕刻だった。スイは受付で気絶し、クリニックは救急患者として受け入れた。


 スイは細身のブルージーンズにスニーカーを穿き、グレーのパーカーを着てフードを深く被っていた。大事に抱えている帆布のボストンバッグからは動かすたびに金属音がした。全身、骨折と裂傷だらけだったが、本人の手のとどく範囲は的確に応急処置されて、陽気の活性で治癒促進されていた。


 手術台に横たわるスイの体は、すっかり大人の女性に成長していた。カラマは、インチュアン〈銀川〉にしがみついて自分を見上げていた、やせっぽちの少女を思い出した――。




 15年前のことだ。戦場で子供を拾った、と、インチュアンが少女を連れてきた。おびえた目と、がりがりの体をした、へんてこな髪型の少女――それが、10歳のスイだった。丸坊主に近い短髪の、額の上だけを三角形に残した独特の髪型は、その当時からだ。


 その髪型は虐待生活の象徴らしかったが、スイは、それから一度も髪型を変えていない。死んだ双子の姉の思い出なのだそうだ。カラマは詳しく聞いたことはない。


 インチュアンはスイをカラマに押しつけようと考えていたようだが、スイ本人が承知しなかった。カラマだって思春期前の少女を背負い込みたくなどなかったが、インチュアンなんぞに育てられるスイを不憫に思って、葵クリニックでの定期検診を提案した


 インチュアンは不安そうに言った。


「大丈夫なのか。俺は、お前にスイの里親探しを頼もうと思ってだな――」


「そんなこと言っても、スイちゃんが、あんたと一緒にいたいってんだから、どうしようもないじゃんね」


「だ、だが、お前に年頃の女の子のことが――」


「わからない、とでも言うのかい? 失礼しちゃうじゃんね。あたしにだって少女のころがあったじゃんね」


 隣室からスイの笑い声が聞こえてきた。看護師と遊んでいるのだ。


「ほら、ここは女所帯なんだ。短いあいだでも、女同士で話をすれば、だいぶましさ。看護師は、みんな、いい子だよ。あたしが見込んだ子しか採用してないじゃんね」


 最終的に、インチュアンは、よろしく頼む、と頭を下げた。


 それ以来、多いときで年に数回、少なくとも半年に一度は、インチュアンとスイは葵クリニックへやってきた。


 カラマはスイに会うたびに、インチュアンが思わず手をさしのべてしまった才能に触れて感銘を受けた。その花は傷ついた心身が癒やされるとともに、清香をまとうようになっていった。


 ひとりの少女が、超一流の方術士に鍛えられて戦士として成長していく。同時に、たぐいまれな美貌の女性へと変貌する。その様子を、カラマは面白く眺めて過ごした。スイと会うのが楽しみだった。


 残念なことに、スイが18歳になってから、ふたりは、なかなか葵クリニックに来なくなった。今回は3年振りの訪問だった。



   ◆◆◆



 丸2日、意識を失っていたスイは、目覚めて最初に言った。


「インチュアンが死んだ。先生、わたしに七剣を入れて」


 雷公を殺し得る者――それはサーヒラ(魔術士)か、あるいは、あの赤鉄アカムという青年だろう。いずれにせよ、手を出すべき相手ではない。


 カラマは、インチュアンの当初の指示通りに七剣を持ってオーストラリアへ飛ぶことを、スイに勧めた。


 しかし、スイは言った。


「わたしは、いつもインチュアンのいう通りにしてきたわけじゃない。裏切りがあった。報復のために力が欲しい。たぶん、ラオオーメイ〈老峨眉〉が相手だから」


「ラオオーメイ、ね」


 カラマは溜め息をついた。


 峨眉山のラオオーメイが魔道に堕ちたのではないか、という懸念を、インチュアンはカラマの前で口にしていた。


 スイの言うように、ラオオーメイの黒衣ヘイイーが裏切ったなら、その懸念は当たっていたのだろう。方術士が私欲で仲間を裏切るとは考えにくいから、その黒衣ヘイイーもまたサーヒラ(魔術士)だと考えたほうがいい。つまり、少なくとも、ふたりのサーヒラ(魔術士)を相手にすることになる。


「七剣を入れても、かなう相手じゃないじゃんね」


「わたしはインチュアンの娘だ。親の仇は子が討つ」


「でも、それは私欲じゃんね」


「だから、なに?」


 いつのまにか方術士のように話している自分に気づいて、カラマは自らを笑った。


(大変なことになったじゃんね……)


 このままスイを留めおけば、おそらく、長年かけて築き上げた日本での生活は崩壊する。生き残れるかどうかすら、あやしい。


 25年前、インチュアンが七剣を体に入れる手術を望んだときは、カラマは受けた。伝説的な宝剣をじっくり検分し、体内に埋め込む実験までできる。魅力的な依頼だった。しかし、今回は状況が切迫している。


(さて、どうするか。……なんて、迷うふりはいらないね)


「わかったじゃんね」


「本当か! この恩はかならず返す」


 そうして、手術の当日をむかえた。麻酔で眠るスイの額に手をおいて、カラマは、ひとり呟いた。


「はじまるよ。あんたと一緒に戦うのは、はじめてじゃんね。楽しみだね」



   ◆◆◆



 手術は成功し、カラマはスイの陽気が回復以外に使用されないように、サハラ(魔術)で調整した。そうして、今日をむかえたのだった。

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