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インチュアン〈銀川〉は武息のまま小周天をおこない、体内の陽気を循環させはじめた。ここに至れば、気配を断つことは難しい。しかし、それでいい。なぜなら、ジンイエ〈金夜〉に警戒の様子がないからだ。状況を把握したうえで行動しているのだろう。ジンイエは術の成就のみを目指している。
黒い森をわたる風が月光をゆらす。
短気なインチュアンが、そろそろ我慢の限界をむかえたころ、変化がおとずれた。
ジンイエの首元から闇が漏れ出しはじめたのだ。煙のように立ち昇って、ねっとりと滴り落ち、地上1.5メートルほどで円盤状に広がる。円盤の直径は約3メートル。ジンイエの背中側から腹側へ、斜めに下がるかたちで体を貫いている。まるで闇の中から上半身が生えているように見える。
円盤の中心から辺縁へ向けて闇が沸きたち、濃淡が生じ、各頂点を円盤の外周に接する逆五芒星が浮きあがった。
(チッ、バホメットの星か! やはり、サハラ(魔術)かよ)
インチュアンの歯が、ばきりと鳴った。口角に血がにじむ。
そのとき、ちいさな影が空き地を転がるように駆けぬけた。さっき樹上に消えた栗鼠だ。
栗鼠はジンイエに駆けよると、跳び上がって光る円盤に飛びこんだ。円盤の外周と逆五芒星を構成する線が蒸気のように闇を吹く。
栗鼠は、ぶるりと痙攣して眼をとじ、腹を上にして宙に浮いた。そのまま、ジンイエの胸元へ滑るように移動する。半眼が栗鼠を見つめる。うなじから、さらに闇が吹きだし、甲高い悲鳴が梢をゆらす。
インチュアンは片耳を押さえて眉をしかめた。それは人の声ではなかった。かといって獣の声でもない。鼓膜を突きぬけて脳髄をかきまわす狂声。四方の森から、いっせいに鳥が飛びたち、足もとを小さな影が走りぬける。
ジンイエの頭上で赤子が泣き叫ぶ。美しかった蓮の花が腐ったように黒ずみ、赤子の肌にミミズのような痣が這いのぼる。
(陽神が侵されてるじゃねえか!)
インチュアンが鬼の形相で見つめる先で、ジンイエの握りしめた左手から栗鼠の腹に血がしたたった。ちいさな腹に血管を思わせる網目模様ができて、青黒く光りはじめる。
そのときだ。下生えから、ふたつの影が飛びだした。短衣の頭巾を深くかぶった黒衣だ。
「止まれ!」
インチュアンの遠話をふたりは無視した。
栗鼠の口から黄金色に光る珠があらわれる。表面に、金と黒の複雑な紋様が踊っている。
「――! それが広成子丹かっ!」
紋様が爆発的に拡大して空間を薙ぎ、陽気と陰気の奔流がインチュアンの全身をたたいた。インチュアンの髪が逆立ち、黄色い火花が散る。




