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うりが病状について話すのを、吉田は黙って聞いていた。
医者から治療は無理だと言われ、ホスピスへの入院を勧められたこと。絶望して部屋にいるとき、TVで赤鉄アカムを見たこと。危険を冒して会いに来たこと。そして――。
「治せないって言われました。自然に治るなら早めることはできるけど、治らないものは無理だって」
直近の死は、少女にはあまりにも重いだろう。吉田は心を痛めて、言った。
「なにも知らずに、ごめんね。辛いね」
(しかし、だからこそ、この少女には使命を感じざるを得ない。与えられた時間は短いが)
吉田がつぎに言葉を発するまで、しばらく時間がかかった。
「アカムくんに病気を治して欲しかったんだね。それで、頑張ったんだ」
「そうかもしれません。でも、自覚はなかったんです。とにかく、アカムのところに行かなきゃって、そう思ってました。いまも、似てます。いっしょにいなきゃって思うんです」
(可能性はある。この少女が命をかけて赤鉄アカムを変えるかもしれない。それが、この子を救うことにもなると信じたい)
吉田の携帯端末がふるえた。吉田は周囲を確認し、うりに目で承諾を得て、取った。
「はい、吉田です。はい、駄目でしたか、そうですか。いまの段階で承諾することをお勧めしますが」
手に力が入り、携帯端末を持つ指が白くなる。吉田はロビーの隅へ移動し、10分ほど電話で話をして、席にもどった。青ざめているのが、自分でわかる。
「失礼したね」
「なにかあったんですか?」と、うりが言った。
よく気がつく子だ。と、吉田は思った。
「君には、話しておこうか。
アカムくんからリクエストがあったモデルが事務所を通じて断ってきた。相手が嫌がることは珍しいことじゃなくて、むしろ当然だし、半分くらいは最初に断ってくるんだけど、でも、3度目の拒否なんだ」
吉田は深く腰かけて、顔を手で撫でた。
「このパターンは、これで2人目だ。女の子に良くないことが起こる」
「……アカムが、なにかするんですか?」
「うん、面白がってね。いじめるというか、嬲るというか。まあ、好き放題にするんだ」
「相手が嫌がっても」
「嫌がっているからこそ、だろうね」
「……そうですか」
「アカムくんの誘いを何度も断るというのは、プライドが高いというか、しっかりしたお嬢さんなんだよ。危険は散々伝えてるんだから。きちんと教育を受けて、勉強もして、仕事も頑張って、それなのに、アカムくんが蹂躙するんだ」
吉田は言葉が震えるのを止めることができない。
「このあいだの子はね、アカムくんと過ごしたあと変わってしまった。仕事を辞めて引き籠もってる。俺の責任だ」
吉田は、うりの目を見た。
「俺にはねえ、うりちゃん、娘がいる。可愛くてね、一所懸命育ててるよ。人生を楽しみながら切り拓いていける子になってくれたら、と思ってる。きっと、どの子のご両親も、そうだと思う。それなのに、あいつは暴力で奪う。口から手を入れて、胸の奥の花束をむしり取っていく。――許せないよ。あの子たちは奪われて、俺の妻や娘は、その金で安全に暮らしてるなんて、それでいいはずがない」
吉田は両手に顔を埋めた。
「いいはずがないんだ」
うりは、なにも言わない。吉田は、しばらくそうしていたが、大きく息をついて顔を上げた。
「ごめん。君にプレッシャーをかけようっていうんじゃないんだ。ただ、否、すまない。君を責めてるわけじゃないんだ。自分に言ってるんだよ」
「吉田さん」
これまでにない、芯の通った声だった。
吉田は、はっとして、うりを見た。澄んだ大きな瞳の向こうで、後頭部のあたりが輝いて見える。
「アカムは奪った花束をどうするんでしょう。自分のものにして、どこかにしまってるんでしょうか。それとも、奪うだけ奪って、投げ捨ててるんでしょうか」
吉田は、しばらく考えて、答えた。
「尊厳とか自分を肯定する力のことを花束って言ったんだけど、そういうものは、自分のものにしたり貯めておいたりはできないよ」
「じゃあ、ただ奪うだけ」
「そうだね」
「奪うことに意味があるということ」
「どうだろう。暴力に意味なんて、あると思いたくないよ」
うりは視線を下げ、白いテーブルクロスを見つめた。そして、ふと、ひとり言のようにつぶやいた。
「アカムは世界をどんな風に見てるんだろう」
吉田は答えなかった。
再会を約束して席を立ち、ロビーを出る前に振り返ると、うりは裁縫にもどっていた。後頭部の光は消えていた。




