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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
第4章 少女の命 1節 それぞれの日常
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 珈琲は中米産と思われた。すっきりした苦みのあとに甘味がやってくる。豊かなフルーツ香が鼻腔へぬけ、全身の緊張が自然とゆるむ。吉田は、ほっと息をついた。


「君は、自分の意思で一緒にいるの? 脅されたり、ひどいことをされたりしてない?」


 うりは唇のクリームを、ぺろりとなめた。


「わたしが、わがままいって泊めてもらってるんです。ご飯も食べさせてもらって、お小遣いももらってます」


 うりは、背中をずらして、さっき隠した野苺柄の布を見せた。


「この生地も、お小遣いで買ったんです」


「そうか、そうだな。君は、あの時から意思が固かったね。うりちゃんはアカムくんが好きなの?」


「え、そんなことは……ないです。わかりません」


 うりは頬を赤くした。


(――ふうん)


 少女らしい仕草が自然で、そこに暴力の匂いはない。支配を目的とした日常的な暴力は被害者の言動に必ず影をつくる。うりの目の表情にも、口調にも、手足の動きにも、不自然さはないし、目に見えるところに痣や傷はない。


 吉田は、過去に取材したDVやいじめの被害者の様子と比較して、うりは本当に自分の意思で赤鉄アカムと一緒にいるのだ、と判断した。


「俺は浮気相手を連れてくる悪い奴ってことになるね」


 うりは顔を伏せた。


「最初からアカムに言われてたんです。女の人を呼ぶし、来るときは外に出てろって」


「そうか、ごめんね」


 吉田は、うりが赤鉄アカムを呼び捨てにしたことを心に留めた。


「わたしが気になるのは、アカムがあんまり楽しそうじゃないっていうか――朝、部屋にもどると香水の香りとかして、独特の気分になるんですけど、アカムはいつも、ベッドでぼーっとしてるんです」


「ああ、うん」


「わたしは部屋を片付けるんですけど、しばらくするとシャワーを浴びたり、ご飯を食べたりするんですけど、ほとんど喋らないんです」


 吉田は心の中で溜め息を吐いた。こんな美少女に、ほかの女の後片付けをさせておいて、自分は脱力感に浸るとは、なんと贅沢で残酷な奴だろう。


 男の虚脱状態について教えてやりたくなかったが、下世話に過ぎる気がして、吉田は口をつぐんだ。



   ◆◆◆



 会話が止まって、うりは吉田の服装を眺めた。白いシャツに生成の麻のジャケットを着て、薄いグレーのウールパンツを穿いている。品が良くて、それでいて気楽な雰囲気がある。裁縫工場で働いていたうりには、よい生地を手間ひまかけて仕立てたオーダー品だとわかる。


 アカムの服装はTVで見たときはジャケットスタイルだったが、最近はジーンズにTシャツやネルシャツばかりだ。


(アカムにはきっと、ブルーグレーのジャケットが似合う。パンツは、いま吉田さんが穿いているような色がいいかな)


 などと、うりの構想は全身のコーディネートへと展開していく。


「ふたりは前から知り合いだったの?」


 吉田が話しかけてきて、構想は靴下の色が濃紺に決まったところで中断した。最近、アカム以外の人とまともに話していないので、つい、おしゃべりになってしまう。


「ぜんぜん、知りません」


「そうか。だったらどうして、君は特別扱いされているんだろう。心当たりはないの?」


「さあ……」


(ほかの女の人と比べて、特別に相手にされてないっていう感じはあるけど)


「……仲間、みたいなことかも知れません」


「君と?」


「はい。最初、わたし、助けてもらったんです。そのあと、わたしが手伝ったこともあったし。仲間意識みたいなの、持ってくれてるかもしれません。だから――そうか、だからかな」


(わたしに、なにもしないのは)


「詳しい話、聞かせてもらっていい?」


 そう言って、吉田は身を乗り出した。うりは、しゃべり過ぎてしまったことに気がついた。


「ごめんなさい。話せないです」


 吉田は何か言おうとしたが、ふと肩を落とした。


「いや、こちらこそ、ごめんね。ちょっと調子に乗っちゃったね」


 しばらく世間話がつづいた。吉田は珈琲や紅茶に詳しく、メニューを見ながら、ひとつひとつ解説してくれた。そして、うりに、爽やかな花の香りがするハーブティーを頼んでくれた。


 うりが、ポットから2杯目を注いでいると、吉田が言った。


「もうひとつだけ、アカムくんのことを聞いていいかな?」


「はい」


「アカムくんは君のいうことを聞く?」


「聞かないと思います。考えたこと、ないですけど」


 吉田は、しばらく間を置いた。


「――うりちゃん。君がアカムくんを導けないかな。あの力を良いことに役立てるように、できないかな」


「え……」


 うりは虚を突かれて戸惑った。吉田の言ったことが、すぐには理解できない。


「僕はアカムくんの力を把握してるわけじゃないよ。でも、災害救助とか、大きな工事とか、事故の処理とか、たとえば原発の解体とかね。そういうことを、あっという間にできるんじゃないかな。犯罪や戦争の防止や抑制だって、アカムくんがその気になれば、できそうでしょ。


 きっと世界中の人に尊敬されるよ。政府に金を要求したり、恐怖で押さえつけなくても、ちがう方法で、いま以上のものを手に入れられる」


 吉田はこれまでとは違う、熱を帯びた口調で言った。


「それは、そうかも知れないですけど。でも、アカムは、そうしたいと思うかな……」


 吉田は顔を撫でると、少しの間、言葉を止めた。次に口を開いたときには、もとの冷静な口調に戻っていた。


「ごめんね。いきなり結果から言っちゃったね。僕はさ、うりちゃんが、アカムくんを優しい気持ちにできるんじゃないかと思うんだ」


「やさしい気持ち……」


「そう。だって、うりちゃんの話を聞いていると、アカムくんが普通の男の人みたいなんだ。それって、すごいことだと思うよ」


「そ、そんなんじゃ、全然……ないです」


 うりは空のカップの底を見つめた。


「君は、そのために来たんじゃないの? 力を持てあまして、まわりも自分も不幸にしてる彼を変えるためじゃ――」


「違うんです」


 うりの強い口調に、吉田は驚いたようだった。うりはカップに目をもどして、言った。


「わたし、余命があと3ヶ月くらいなんです」

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