表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         6節 ラオオーメイ〈老峨眉〉の目覚め
53/116

52

 胸の底でなにが蠢くのかと、イード〈一多〉は寝所の闇に目を凝らす。


 自分の中に、なにかがいるような気がする――。


 それは五台山の里へ来た夜からはじまり、3年経ったいまも、ときおり、背筋が凍るような恐れとともにやってくる実感だった。そのなにかは、うずくまっているが寝てはいない。かといって目覚めてもいない。ひたすらに、まどろみの中で暗い想念を育んでいる。


 里は、新しい朝を迎えようとしていた。早朝の里は静かで、だから、木々のさやぎや小鳥の鳴き声に混ざる金属の軋み音を、イードは苦もなくとらえた。


 3年前、生まれ育った炭鉱から、この里へ来るあいだ、イードはこの音を聞きつづけた。ここしばらく聞かなかったこの音は、彼が帰って来たことを告げていた。


 木の扉がひらき、白い光が粗末な小屋に筋を引く。


 イードの小屋は、里でも一番ちいさい最低限のものだ。入口を入るとすぐ土間で、右側にかまどがある。左側は高くなっていて、机と椅子と寝台が置いてある。西側の窓から部屋に射しこむ光は淡く、部屋はまだ暗い。


 入口から車椅子の男が入ってきた。男は部屋を見まわしたが、だれもいない。かまどは冷たく、椅子は机の下で押し黙っている。寝台は空だった。男は鼻を鳴らして目を閉じた。


 山鳩が鳴く。


 突然、車椅子が回転した。男が首を左に傾けると、その真横に裸足の足が突き出した。男は、その足首をつかんで、投げた。


「あ」という声がして、作務衣さむえを着た少年が壁の棚にぶつかって床に落ちた。イードだった。


 イードは、車椅子の気配を感じ取ると屋根に上がり、機を見て木の扉の縁に手をかけて跳び蹴りをしかけたのだ。背後からの不意の一撃を、男は車椅子のまま、いなしたのだった。


 イードの頭に棚から落ちた野菜が降ってくる。


ツァオ(くそっ)!」


 イードが跳ね起きて、車椅子の男に殴りかかる。拳が、かすかな光をまとっている。男がイードにむけて静かに掌をかざす。


 と、イードの姿が消えた。天井の梁を蹴り、男の頭上を狙う。その拳が男の頭に命中する。――しかし、男はそこにいない。


 着地したイードの足首を土から生えた腕がつかんだ。イードは、あっという間に土中へ引きずり込まれてしまった。


 土間の床から首だけ出してもがくイードの目の前で、玄関から車椅子の男がゆっくりと入ってきた。地中を移動したはずなのに、体にも服にも車椅子にも、塵ひとつ付いていない。


 男は呆れ顔で、イードを見おろした。


「仙息の時間を増やせ」


「1日3時間やってる」


 イードは、ふてくされて言った。


「5時間だ」


「ちぇっ」


 拗ねて見せるイードに、男はいっしゅん目を細めたが、すぐに真顔にもどり、車椅子を操って扉へむかった。


「ついて来い、仕事だ」


 イードは体が動くことに気がつき、土中から抜け出して元気よく車椅子を追った。


「おかえり、ハンオウ〈韓応〉さん。いつ帰ったの?」


「昨晩だ」と、車椅子の男・ハンオウはイードを振りかえることなく言った。




 ハンオウはイードの小屋を出ると、まっすぐに里外れへむかった。ふたりは、しばらく並んで歩いた。夏へ向けて、山の緑は深くなりはじめ、畑も青さを増している。


 イードが行き先を尋ねるより前に、ハンオウが話しかけてきた。


「ここに来て、どのくらいになる?」


「3年とすこし」


 イードは車椅子の速度に合わせて歩いた。ハンオウは、ずいぶん前に、戦いで足の自由を失ったという。それ以来、ここ五台山の里で若い修行者を鍛えていて、イードも弟子の1人だ。


(ハンオウさんがその気になれば、車椅子でおれより速く動けるけどね)


 イードは、さっき手も足も出なかったことを思い出して、唇をとがらせた。


「修行は辛いか」


「炭鉱に比べたらましだよ。それで、どこに行くんですか?」


 イードは器用に回転しながら、ハンオウの前に出た。


「ちゃんと修行はしているようだな」


「まあね!」


「お前には才能がある。たった3年で十分に陽気が循環している」


「ジョーとリーフは帰って来ないんですか?」


 ハンオウは、たまに若い修行者をつれて里を出る。ジョーとリーフは、イードより年長で、イードのことをかわいがってくれていた。


 いま里には、イードよりあとに来たものはいない。里の方術士は減りつづけ、イードのほかには6名の大人がいるだけだ。


「おれだって、外の世界で仕事をさせてもらっていい頃だと思うんですよね」


 五台山よりさらに内陸の炭鉱の村で、イードは生まれた。イードが6歳のとき、坑道の崩落事故で両親が死に、イードは親戚に引き取られた。そこで虐待され、幼い頃から炭鉱で過酷な労働をさせられた。


 その数年後、イードもまた崩落事故に巻き込まれた。大規模な事故で、10人を超える死者が出て、イードだけ生き残った。


 絶望的な事故現場から、イードは無傷であらわれた。人々は驚きつつも、運が良かったのだと納得したが、事故の瞬間に光を見たとか、体が光っていたという噂が流れた。それを聞きつけたハンオウが村をおとずれ、ふたりは出会った。


「まずは黒衣ヘイイーになれ」と、ハンオウが言った。


「だから、ちゃんと頑張ってるんだよ!」


 イードは明け方の道を、どんどん走っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ