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(なにが……起きた……?)
岡村は薄れる意識を必死に保っていた。
閃光に目を焼かれ、腹に衝撃がきて、吹き飛んだ。壁に激突し、なんとか踏みとどまったが、呼吸のたびに脇腹が痛む。肋骨が折れているようだ。
瓦礫の中を赤鉄アカムがやってくる。その髪が、わさわさと蠢いて見える。
(なんだ、こいつは?)
黒い疾風と化して、赤鉄アカムがタックルを仕掛けてきた。その背中が光の尾を引く。岡村は、真っ直ぐに剣を突き出した。赤鉄アカムが一瞬のステップでかわし、腕の下にもぐり込む。
剣を引き寄せざま、赤鉄アカムの側頭に剣の柄を突き入れる。頭蓋骨を砕くつもりで突いた柄は、しかし、なにか固いものに弾かれた。おどろく岡村の目を、金色の砂時計のような瞳が見上げた。
ふたりは、そのままリビングの壁を突き抜けて寝室を横断し、帝國ホテルタワーの外壁を破って止まった。
床が抜け、岡村と赤鉄アカムは、絡み合って下階に落下した。
◆◆◆
うりの目の前を、光るアカムと銀色の剣士が横切った。あとに、糸くずのような黒い影が残って、すぐに消えた。
右手に握りしめた小夜子のフラッシュライトが熱を帯び、体中に不思議な力が満ちている。アカムと剣士が落ちた穴を、うりはのぞき込んだ。2階層ほど下に、ふたりがいた。
剣士がアカムの背中に剣を突き刺し、アカムが暴れて、ふたりは離れた。剣士は苦しそうに剣を杖にして立っている。アカムは、片手をついて背中を丸めて、まるで4つ足の獣のようだ。
剣士が、ゆっくりと正眼に構える。気の充実が見える。ものすごい達人だ。長く武道をしてきたうりには、はっきりとそれが分かった。対するアカムは、ふらふらと立ち上がり、体を曲げて血を吐いた。
うりに恐怖は無かった。思考も無かった。ただ、なすべきことが分かった。心臓が高鳴り、胸が充足感にふるえる。風になびくガウンの裾が足にからみついてくる。
「邪魔!」
叫ぶや、うりはガウンを脱ぎ捨てた。
ライトが、白く細い肢体を照らし出す。小振りな乳房、美しいヴィーナスライン。すっくと立つ、まっすぐで滑らかな長い脚。すりむけ、汚れ、血を流しても、その体は美しくしなやかだ。
ガウンから腰ひもを抜き取り、持っていたアカムの左腕を拾って腰に結びつけると、うりはアカムの目の前めがけて飛び降りた。
◆◆◆
上段から振り下ろした必殺の高周波ブレードが、意に反して左斜め下方に流れた。岡村は瞬時に正眼にもどり、新たな敵に目を向けた。
黒い短棒を逆手に持って、半裸の少女が立っていた。
「そんなもので、高周波ブレードを――」
岡村には、それが軍用のフラッシュライトであるとすぐに分かった。アルミダイキャスト製で、鉄程度の硬度があるだろうが、それでも、高周波ブレードの前では豆腐のようなものだ。そんなやわなもので、音速の戦いに割って入り、岡村の斬撃をいなすとは。
(――何者だ?)
少女の眼が、キラキラとかがやいている。
「引けえ!」
みね打ちで横薙ぎに払う。刹那、天地逆転。岡村は背中を強打して咳き込んだ。
「ぐっ……な!?」
起き上がった眼前に赤鉄アカムがいた。左肩から右脇腹に熱線がはしる。
(反撃――できない!?)
世界が斜め上方にズレていく。視界の端で、赤鉄アカムが倒れた。
「無念……」
唐突に、岡村裕の世界は終わった。
◆◆◆
壁が爆発し、風が吹き込んでくる。ライトが血まみれの部屋を照らす。
「どきなさい!」
頭上からスピーカーの音が降ってきた。
「君を巻き込みたくない。そこをどくんだ!」
うりは呼びかけを無視して、気を失って倒れたアカムの前に立ちふさがった。剣士は、ふたつになって血の海に倒れている。
(どうする? どうやって切り抜けよう)
戦闘ヘリコプターからの呼びかけが止まり、機体が旋回をはじめる。うりは近くに落ちていた銃を拾い上げ、戦闘ヘリコプターに向けて引き金を引いた。
◆◆◆
機体が銃弾をはじく乾いた音がコクピットに響く。新野は怒りを込めてガナーを怒鳴りつけた。
「なにをしている! 撃て!」
「し、しかし、相手は民間人です!」
新野は舌打ちした。
(こんなに甘っちょろい男だったとは――くそが!)
「あのガキは赤鉄アカムを守ってるんだぞ。あの戦闘力を見たか。普通じゃない。奴も化物だ!」
「で、でも、あんな少女を……」
「貴様の兄は赤鉄アカムに殺されたな? 違うか!」
無線のスピーカーから、歯の鳴る音が聞こえる。新野はたたみかけた。
「あいつは敵だ。撃つんだ!」
ガナーがうめく声が聞こえた。
「代われ!」
新野は、M197・20mm機関砲と対戦車ミサイル(TOW)ランチャーのコントロールを操縦席に切り替えた。
◆◆◆
うりは心地良いアサルトライフルのキックバックに酔いしれていた。
(ああ、すごい。冒険だ)
しかし、アサルトライフルはすぐに静かになった。弾が切れたようだ。投げ捨てて、戦闘ヘリコプターをにらみつける。砂塵を巻いてホバリングする姿は、鎌を振り上げて威嚇する死神のようだ。
機体が一瞬よろめき、すぐに回復して、機銃がこちらを向いた。
フラッシュライトを構える。手の平にドクドクと脈を感じる。
(小夜ちゃん、いっしょに)
死神が、その鎌を容赦なく振り下ろした。




