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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         5節 帝國ホテルタワーの戦い
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 手榴弾が炸裂した瞬間、アカムは身をかがめて、うりをかばった。防ぎきれなかった金属片がアカムの背中に食い込み、思わず吸い込んだ熱い空気が肺を焼く。バリアーは完全には間に合わなかったが、それでも致命傷を避けることはできた。


 うりが隠れていたベッドは、ずたずただ。寝室の奥の壁に追いつめられた、ふたりの全身をライトが照らす。


「アカム! アカム!」


 うりが腕の中で叫ぶ。アカムには、わーん、という耳鳴りにしか聞こえない。薄れゆく意識の中で、アカムは傷の回復よりも、ふたりを守るバリアーに意識を集中した。


 その意識が、ふっと遠のく。――が、耳ざわりな擦過音が、アカムの意識を強引に闇から引きずりだした。


 ふたりの眼前数メートルの床に、それは降り立った。着地の衝撃で部屋全体がゆれ、天井から新たな瓦礫が降って視界をふさぐ。逆巻く土煙のスクリーンに、戦闘ヘリコプターのライトに照らされて巨人の影が写る。ほかの侵入者はいない。アカムは、この新たな敵が、あの中国人に似た雰囲気をまとっていることに気がついた。


 巨人の影が、すっと小さくなったと思うと、一気に収束して土煙が破裂した。アカムは、うりの腰を抱いて横っ跳びに跳んだ。


 銀色の巨人が砲弾のように飛び出した。アカムの耳の横を、キーンという甲高い音とともになにかが掠める。ふたりは間一髪で攻撃をかわして、部屋の反対側に転がった。


 巨人が振り向き、アカムとうりに対面する。


 見上げるばかりの長躯。複雑にかがやく繊維状の銀色の肌。頭まで、つるりとした銀色で、目の部分だけ黒いガラス状のゴーグルになっている。右手に日本刀に似た刃物を持ち、その柄から腕へコードが伸びる。


 銀色の剣士の背後で壁がずれた。切れ目に沿って滑り落ち、向こうのシャワールームがのぞく。周囲の状況には無頓着な様子で、剣士は静かに歩きだした。


 アカムは、剣士の持つ長物の周囲で、かすかに土煙が動くのに気づいた。甲高い音は振動音で、あの刀は高速に振動する特殊な武器であろう、と、アカムは推測した。


「……下がってろ」


 やっとのことで声を出し、うりの前に立つ。背後の気配が遠ざかった。うりが距離を取ったのだろう。状況を見て無言で必要な行動を取れる。――度胸もあるし、頭のいい子だ。


「あんた、ラスボスっぽいけど。まさか、アンドロイド?」


 状況は最悪だ。痛みはなんとかなるが、うまく呼吸できないし、背中の筋肉が動かない。バランスをとって立っているのがやっとだ。早いところ力を回復にまわさないと、倒れるか、死んでしまうかもしれない。


「俺、殺られそうになったら、地球壊すから」


 アカムの後頭部の光がいや増し、蓮の蕾がひらき、光る赤子があらわれる。


 銀色の剣士が正眼に構える。剣士の体内に充実した陽気が巡るのが見える。


(綺麗だな。こりゃ、達人だ)


「お前に情けをかけたことを後悔している」


 ヘリコプターのローター音と甲高い擦過音に満たされた空間で、その声は、アカムの耳にはっきりと聞こえた。聞き覚えのある声だ。


「たしかに、我々警察は理不尽だった。だが、お前のやったことは罪の次元がちがう」


「あんた、あのときの刑事か。岡村さんだな」


 剣士・岡村は、アカムの言葉には答えず、滑るように前進した。剣先が小さく震える。


「アイア、サー!」


 いきなり、岡村の体が大きくなった――否、予備動作のない突進だ!


 構えが目前で下段に変わる。避けにくい斜め下からの剣戟。100分の1秒の勝負を制してきた剣士の瞬発力を強化スーツが増幅し、剣先は音速を超えた。


 瞬間、天をさす切っ先。血の筋が残像のように宙を漂う。一瞬の残心のあと、衝撃波が血線と砂塵を吹き飛ばし、岡村の足もとにアカムの左腕が転がった。


 岡村は動きを止めず、剣の重心を中空に留めおいたまま、流れるように刺突の構えに移って地を蹴った。うかつにも後ろに跳んだアカムの左胸を、岡村の剣が深々とつらぬく。


 ふたりは、ほとんど抱き合うようにして、リビングの壁を突き破ってエレベーターホールへ出た。剣がエレベーターの鉄扉にアカムを縫いつける。銀色の頭部がアカムの胸の前にあった。アカムは、バイザーの中に怒りの双眸を見た。


「勇馬を返せ。船井さんをかえせ。お前が殺した、すべての人をもどせ」


 アカムはバイザーに喀血した。



   ◆◆◆



「あれが技研の強化スーツですか」と、射撃手ガナーが言った。


 新野はヘリコプターを操縦しながら、アームで固定してある小さな液晶モニターを見ている。黒い血が流れ落ちるバイザー越しに、赤鉄アカムの苦悶の表情が見える。


「技研に知り合いがいてな。言葉の上では断られたが、帰りにのぞいたら保管庫の鍵は開いてたよ。入井が手をまわしてくれたらしい。にやにや笑って、実験くらいに思ってるんだろ」


「とんでもないものですね。なんに使うつもりだったんですか、あんなもの」


「お前、想像力ないなあ。いま役に立ってるだろ」


 射撃手ガナーが黙った理由に、新野は気づかない。


「スーツのテスターが仲間にいたのはラッキーだったな。これも俺の人徳だなあ――なあ?」


 新野が作り上げた襲撃計画を、警察上層部は認めなかった。それどころか、新野を更迭しようとした。そこで新野は、これまでのキャリアで作り上げたコネクションを使った。


 新野には、機動隊や自衛隊に修羅場をともにした仲間がいる。武器や機材の調達はそちらへ頼んだ。さらに、赤鉄アカムに友人や家族を殺された人々を巻き込んだ。新野はこの戦いを復讐戦として演出した。


 結局のところ、上層部は新野の動きを止めないだろうと推測していた。失敗すれば新野が責任を取り、成功すれば上層部が世界から絶賛されるのだ。


 すべてを見通した上で、新野は行動を起こした。自分の人生については考えなかった。家族のことも捨て置いた。――自分が鉄槌を下してやる。その傲慢な正義だけが、新野の原動力だった。


 すべての好機は、機を見るに敏な自分が呼び込んだ、と新野は信じる。赤鉄アカムが罠を仕掛けやすい帝國ホテルタワーに居座ったことも、装備と人員が満足できる形で集まったことも、赤鉄アカムが守るべき少女を連れていたことも。この自己肯定と全能感こそが、新野の最大の武器といってよかった。


(さっきから、小娘の姿が見えないが――)


 いまのところは岡村が押しているが、新野は油断していない。赤鉄アカムの死体を確認するまでは、些細なことも捨て置けない。


「おい、あの娘はどうした。補足しているか?」


「いえ、自分はとらえてません。でも、どうして――」


「重要なんだよ! いちいち質問するな!」


 巻き上がった塵にライトが反射して、視界はすこぶる悪い。新野は舌打ちした。


「スーツと高周波ブレードのバッテリーは2分半で切れる。それまでに仕留められなかったら、叩き込むぞ」


「し、しかし、岡村刑事が。それに女の子も……」


「岡村は強化スーツだ。骨折と打撲で済む。娘のほうは俺が責任を取る」


 射撃手ガナーは唾を飲み込んだ。


 視界をさえぎる塵のスクリーンが、ぼうっと光る。刹那、銀色の巨体が一直線に部屋を横切って、反対側の壁に激突した。突風が起こり、塵が吹き飛ぶ。白い布がはためいた。


「いたぞ、小娘だ。見逃すなよ!」


 新野が叫んだ。


 指示を受けて、射撃手ガナーは前方カメラを少女に合わせた。

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