45
銃の発射音も、家具が壊れる音も、うりには、くぐもって聞こえた。まるで、幕を1枚へだてたむこうの出来事のようだ。
赤鉄アカムが、うりを守っている。緑の目との間に見えない壁があって、表面で小さな光が瞬いては消える。
赤鉄アカムは、じっと動かずにいるが、それはきっと動けないのではなくて、動かないのだ。
(わたし、足手まといだ。でも、どうしよう――)
もし赤鉄アカムから離れれば、うりは蜂の巣になるだろう。
「動けるか?」と、赤鉄アカムが言った。その声は、はっきり聞こえた。
「うん」
「よし。試したいことがある。合図したらベッドの陰に隠れて」
「う、うん、分かった」
「……いまだ!」
号令を受けて、うりはベッドと壁の間へもぐり込んだ。そのとき、足になにか当たった。うりのリュックだ。うりはリュックの中に手をつっこんだ。
音がやってきた。銃撃音が胸に響く。アカムの後頭部が直視できないほどに輝きだす。うりの傷を治したときとは比べものにならない強い光だ。
光の中心に、おおきな蕾のようなものをみとめて、うりは目をしばたたいた。
アカムのまわりに、いくつもの光があらわれる。光は、いちど強くかがやき、それぞれに集まりかけて、散った。同時に、アカムの後頭部の光もおさまる。
「畜生、やっぱり、うまくいかねえ」
ふいに爆発が起き、外壁が吹き飛んだ。黒い侵入者が土煙のなかに姿を消す。土煙はうずを巻き、猛烈な勢いで赤鉄アカムとうりに迫ってきて、ふたりの手前で透明な壁にさえぎられて四散した。吹き飛んだ壁のむこうに、夜の東京が広がっている。
(すごい、きれい)
こんなときなのに、うりは思わず夜景に見入った。遠く、どこまでも宝石のような光がつづいている。
と、床が途切れて夜景がはじまるあたりに、緑の光がひょっこり現れた。長い筒から煙の尾を引いて、なにかが飛び出す。
「伏せろ!」
赤鉄アカムが叫んだ。
天井が爆発した。建材が飛び散り、降ってくる。土砂と瓦礫が、うりの頭上で斜面を滑るように移動して、まわりに落ちる。
「くらえ!」
赤鉄アカムの声に弾かれて、瓦礫が飛んだ。直撃を受けた侵入者が夜空に放り出される。天井から、金属製のパイプや、なにかの機械がガラガラと落ちてきた。
(本当に超能力者なんだ)
たちこめる砂塵の中、超然と立つ赤鉄アカムを、うりは見上げた。
(こんな力を持っているって、どういう気持ちだろう)
周知の事実ではあった。信じていないわけではなかった。しかし、実際に見ると、その非現実性は凄まじかった。
ふと、耳のすぐ横で羽ばたくような音が聞こえた。すぐに轟音になる。まわりを見まわしても、なにもない。
そのとき、強烈な光が闇を裂き、爆発的な風塵が視界をさえぎった。
「大掛かりじゃん。最初っから、ここ、ぶっ壊すつもりかよ」
赤鉄アカムの声には笑いが混じっていた。
ライトの逆光でシルエットしか見えないが、細い機体に短い翼のようなものが見える。
(ヘリコプターだ)と、うりは思った。
ヘリコプターは、ふたりを見定めるように宙に佇んでいたが、いきなり、その鼻先が火を吹いた。ピアノの早弾きのような金属音とともに、赤鉄アカムの前に火花が咲きひろがる。
朱色にも黄金色にも見える光と爆音の競演。心臓が暴れて肋骨が痛む。
余命宣告、赤鉄アカムを目指す冒険、突然の襲撃。気づくと、うりは非日常の中にいた。
(未来のかわりに、わたしは、この冒険の世界を手に入れたの?)
暗がりの中から、うりの目の前に、なにかが転がりでた。それは黒くて丸くて、いくつもあった。ひとつが、ごつりと足にぶつかった。重くて、硬い。
「アカム!」
叫んで、アカムの裾を引いた。――刹那、黒いものが爆発した。




