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(……ここは、どこだろう?)
気がついて、うりは首を動かして、あたりを確認した。
よく整えられた素敵な部屋の大きなベッドに寝ている。落ち着いた花柄の壁紙、濃い茶色の家具、高い天井。――見たこともないような立派な部屋だ。
(ラッキーかも)
うりの予想は部屋に入ってきた人物を見て確信にかわった。
「起きた?」
赤鉄アカムが言った。
「はい。その、痛っ……ありが……とう」
声を出すと口の中が痛い。
「口に傷が残ってたか。ちょっと待ってて」
赤鉄アカムはベッドサイドまできて、両手でうりの頬をはさんだ。ごく普通の、なんの変哲もない手だ。手の平がほんのりと温かくて気持ちがいい。
うりは目を閉じて身を任せた。まぶたの裏で、かすかな光が行き来し、首のうしろで、ちりちりと音がする。
「これで大分いいんじゃないかな。しゃべってみて」
手を離して、赤鉄アカムが言った。
目を開けると、黒い瞳がうりを見ていた。頭のうしろが不思議な光に包まれている。光はすぐに消えた。
「あー……わーわー。あれ? 痛くない。あれ? あれ?」
うりは顔をぺたぺたと触った。
(殴られて、顔が腫れて、骨だって折れていたはずなのに)
「体も大体やっといたよ。大丈夫、なにもしてないから。動けるようなら、シャワー浴びてくれば?」
赤鉄アカムは両手を上げて、身の潔白を示した。
うりは、そう言われてはじめて、自分が下着姿なのに気がついた。不思議と恥ずかしいとは思わなかったが、このまま歩き回るのには抵抗がある。
「あの、なにか着るもの、ありますか?」
赤鉄アカムは、そっかそっか、と、つぶやきながら白いガウンを取ってきてくれた。ガウンは信じられないほど柔らかい素敵なパイル生地で作られていた。うりはガウンを羽織り、ベッドからおりた。
「すごい、ほんとにどこも痛くない。ありがとう」
シャワールームの場所を教えてもらって、うりは、あたたかいシャワーを浴びた。血と泥がたくさん流れ落ちて、ベッドを汚したのではないかと心配になった。
汚れを落としながら体を点検したところ、右腕と左肩、それから顔に、赤い痣が残っていた。ほかに目立つ怪我はない。その痣にしても、すぐに引きそうな薄いものだった。
(あの人は治せるんだ)
世間が知らない、赤鉄アカムのやさしい力だ。
シャワーが終わってタオルで体を拭くと、少し考えて、下着の下だけをつけてガウンを羽織った。血で汚れたブラジャーで、これ以上、ガウンを汚したくなかったからだ。
リビングにもどると、赤鉄アカムが湯気の立つ綺麗なティーカップを手渡してくれた。中身はホットミルクだった。口をつけて、うりは思わず声を出した。
「こんなに美味しいの、はじめて飲んだ……」
ほんのり甘くて、生姜と、それから、正体のわからない良い香りがする。一心不乱にホットミルクを飲む。
「ソファにかけて、ゆっくり飲みなよ」
赤鉄アカムは目を細めている。
「で、俺に会いにきたの?」
うりはティーカップから顔を上げた。
「うん、はい……そうです」
「ふうん」
赤鉄アカムは、のんびりと言った。
ずいぶんと普通の男の人なんだな。と、うりは思った。
「君、面白いね。思い切ったことするよな。俺は赤鉄アカムです。君は?」
「袴田うり、です」
「こんにちは、うりちゃん。いい名前だね。それで、なんの用? 誰か殺したいとか? 最近も来たよ、そんな人」
うりは首を振った。
「ううん。いいえ、ちがいます」
「じゃあ、なに?」
「一緒に暮らしたいんです」
赤鉄アカムは口を半開きにして固まった。それから、右手で頭をかいた。
「――俺がいま、裸になってって言ったら、できる?」
「え?――あ……」
「俺、君をおもちゃにするよ?」
うりは視線を落とした。
(おもちゃって、どんなことをするんだろう。よくわからないけど……だいたい、知ってるけど……でも……)
「べ、別に……その……いいです」
「……ふうん。うりちゃんは、経験ある?」
「え? うん、いえ……な、ないです。エッチは、したことないです」
「へえ――」
うりは、またホットミルクを飲んだ。
「美味しい?」
うりは、うなずいた。
「ライト、あれ凄いね。調べたら、特別な軍用のだって」
「……形見なんです」
「ちゃんとバッグに戻したからね」
「あ、はい」
「それ飲んだら、帰りな」と、唐突に赤鉄アカムは言った。




