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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         4節 うりの冒険
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 帝國ホテルタワーの西側は新本館の敷地とつながっており、南東側はJRの高架、北東側は宝塚劇場や日比谷シャンテ沿いの細くて暗い道路に面している。


 正面からはもちろん、うわさのVIP専用入り口から入るわけにもいかないのだから、ほかの道を探さなくてはいけない。


 うりは事前に、地図アプリケーションの3Dサービスで隈なく探して、JR高架側の搬入口に目を付けていた。関係者が利用する入り口から入れば、あとは自由に行き来できるはずだ。


 搬入口の前には、うりの腰の高さほどのフェンスがある。その向こうに荷物を積み下ろす小さなプラットホームが見える。フェンスは低いので傷害にならないが、問題は警備の機動隊員だ。3人もいる。さらに左右の道路に10メートルおきに機動隊員がいる。きっと、なにかあれば、すぐに集まってくるだろう。


 とにかく中に入る。これが、うりの作戦のすべてだった。外を固めている分、中の警備は薄いのではないか。非常階段にたどりつければ、きっと、なんとかなるのではないか。この、あまりに脆弱な作戦を、うりは決行しようとしているのだ。


 うりは携帯端末で時間を確認した。――11時29分。


(時間だ)


 リュックをひらくと、白い粉が舞う。遠く、ジャズの演奏に混じって、爆竹の音が聞こえてきた。


(ありがとう、笑子さん、タカシさん)


 笑子とタカシは、うりの計画を手伝ってくれると申しでた。うりは、発煙筒や爆竹、花火を渡して、騒ぎを起こしてくれるように頼んだ。


(また、会えるかな)


 うりは、なるべく自然にフェンスに近づいた。


「馬鹿が騒いでるな」と、機動隊員が仲間に話しかけるのが聞こえた。


「こんどのは騒ぎがでかそうだ」 


 そう言って、仲間が耳元を押さえる。


「ああ、いや、こちらは待機だ。外の連中が対応する」


 道路に立っていた機動隊員が新本館の方へ走っていく。


 うりは、2人の無事を祈った。


(いまを逃してはいけない)


 はやる気持ちを抑えて、ゆっくりと動く。右腰に手をやり、専用ケースに差してあるフラッシュライトを確認する。深呼吸をして道場にいる自分をイメージする。――行動開始だ。


 搬入口の柵を越えて一気にスピードを上げる。機動隊員が誰何する間を与えず、1人目の首を刈って投げる。そのまま全力疾走。プラットフォームのほうから走ってきた機動隊員のヘルメットに小麦粉袋を叩きつけ、足もとへ滑り込んで丸くなる。機動隊員は、つんのめって転んだ。


 フェンスからここまで、10数秒。


「止まれ!」


 3人目が来た。大柄で、ヘルメットを被っていない。右こめかみに大きな傷があり、かたぎとは思えない面構えをしている。


 うりは、のびてくる手をかいくぐって跳んだ。粉辛子の袋を顔面に叩きつけざま、首を刈る。傷の隊員は、地面に後頭部を打ち、太い呻き声をあげて動かなくなった。


 振り返らずに荷物搬入用のプラットホームへ走り、飛び乗って倉庫の扉に取りつく。しかし、扉が開かない。両開きの鉄扉は鎖で固定されている。


「なんで!?」


 ゆすっても、びくともしない。あたりを見回すと、右後方にも扉がある。


 即座に走り出したうりの前に、頭を真白にした機動隊員が立ちふさがった。


「そらあっ!」


 叫びざま、真白の隊員がタックルを仕掛けてくる。うりは膝を抱えてタックルを飛び越え、右踵で真白の隊員の後頭部を蹴った。前のめりに倒れるのを尻目に、扉へ急ぎ、祈るような気持ちで押す。


(開いた!)


 そのまま、帝國ホテルタワー内部へ飛び込む。灰色の廊下を走り、扉をあけ、また灰色の廊下を走る。


 つぎの扉には鏡があって、「もう一度、身だしなみを確認」と張り紙があった。その扉をあけると急に視界がひらけた。


 ついに、帝国ホテルタワーの顧客スペースにたどりついた。象牙色の壁と琥珀色の床がつづき、ひんやりとして、よい匂いがする。


(いける!)


 エレベーターの案内を見つけて、そちらへ向かう。いまならエレベーターで上がれるかも知れない。


 エレベーターホールへむけて左に曲がると、右側の自動扉が開いて大きな影が駆け込んできた。


(まずい!)


 そう思った瞬間、うりの体が宙を舞った。側頭部への警棒の一撃だった。頭への直撃を防いだ右腕が折れたのがわかる。ぐにゃりと崩れる世界に戸惑いながら、それでも、うりは夢中で床を押して立ち上がろうとした。


「くうっ!」


 右腕の痛みに声が出る。


 影が、のしかかってきた。フラッシュライトを構える隙もあらばこそ、影は獣のように吠えて、うりの肩をつかみにきた。それは、粉辛子をぶつけた傷の隊員だった。


 うりは、傷の隊員の、ぶ厚い、グローブのような手をかいくぐり、もときた廊下へ走った。


 前から、さっきの扉を抜けて機動隊員がふたりやってくる。うりは咄嗟に自動扉から外へ出た。突然の陽光に視界が白く飛ぶ。しかし、止まるわけにはいかない。闇雲に駆けたが、すぐに、柔らかいものにぶつかって跳ね返され、右腕の痛みに悲鳴を上げた。


「なんだ、おい!?」


 うりが、ぶつかったのは見知らぬ男の背中だった。そこは帝國ホテルタワーの出入口で、集まった野次馬が半円形の壁を作っていた。その真ん中に飛び出したのだ。


 状況に戸惑って、一瞬、動きが止まった。その戸惑いが、うりの命運を分けた。


「づがまえだぞ、ごらあ!」


 リュックを強く引かれて尻餅をつく。傷の隊員だった。


「ざげんじゃねえぞ、ガキがあ!」


 傷の隊員は涙でぐしゃぐしゃの顔に粉辛子をこびりつかせ、汚い言葉を吐き散らしながら、その巨体で、うりにのし掛かってきた。リュックを掴んだ手で、うりの体をコントロールしながら、反対の手で髪を掴んで仰むけに押さえつける。


 圧倒的な体格差ではあったが、筋力だけで戦闘の結果が決まるわけではない。


 うりは髪を掴んでいる手にフラッシュライトを押し当て、近接戦闘用のスパイク――ストライクベゼルを痛点に食い込ませた。


 痺れるような痛みに、傷の隊員の手がゆるむ。うりは、その隙にリュックから腕を抜き、傷の隊員の股の下から出て、低い姿勢で人混みを目指した。


 そこへ、警棒の一撃がきた。追いついてきた別の機動隊員だ。視野外からの一撃に反応することができず、側頭部に直撃を受けて、うりは人形のように倒れた。


 すかさず、傷の隊員が覆いかぶさって、うりの顔面に警棒を打ち下ろす。フラッシュライトで顔への直撃は防いだが、それた警棒が左肩に当たった。骨が割れる渇いた音が聞こえて、左腕が死んだように、ばたりと地面に落ちる。


 傷の隊員は完全に馬乗りになると、うりの顔に唾を吐いた。


「舐めるなよ、ガキ――」


 固めた拳を、うりの顔面に突き入れる。


 また、渇いた嫌な音がした。つん、とする痛みとともに涙があふれる。熱いものが首まで流れて、口中に鉄の味がひろがる。強烈な吐き気がやってくる。


(――あれ。わたしって、ここで死んじゃうの?)


 傷の隊員が、うりの髪を掴んで立ち上がった。血塗れの顔が衆人環視にさらされ、野次馬から悲鳴が上がる。


「もうやめろ!」と、声がかかる。


 機動隊員のひとりが、傷の隊員とうりの間に体を入れて制止を呼びかけた。しかし、傷の隊員は呼吸を荒げて、ふたたび拳を振り上げた。


 うりは、自分の顔ほどもありそうなその拳を、ぼんやりと見た。まわりが、もやもやと暗くなり、見える範囲が狭くなっていく。


(――ごめんね)


 なにものかに、うりは心の中で謝罪した。と、視界から、いきなり傷の隊員が消えた。熱い液体が顔にかかった。


 うりは解放されて地面に落ちた。世界が横向きだ。煉瓦で描かれた扇模様が見える。その上に、音もなく、グレーのスニーカーが降り立った。


 風と土埃が巻き上がる。


「うわっ!」


「なっ!」


「ぎゃっ!」


 悲鳴が連続し、ばしゃっ、どちゃっ、と、液体や柔らかいものが落ちる音がした。悲鳴が歓声のようにわきあがる。


 誰かが、うりの後頭部をそっと支えた。腫れ上がった瞼が視界をふさぎ、その上、太陽がまぶしくて、なにも見えない。


(だ……れ……?)


 うりは一言も発することができずに気を失った。

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