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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         4節 うりの冒険
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 赤鉄アカムが帝國ホテルタワーに居ついてから、多くの人が会おうと試みては失敗したという。ホテルの周囲は機動隊と自衛隊が固めていて、関係者以外は敷地に入れない。強行突破を試みた人は、単独の場合も複数の場合も、即座に取り押さえられた。ある程度の実力行使が許可されているらしく、報道によれば、大怪我をした人もいるとのことだ。


 帝國ホテルタワーは開店休業状態で、いまは赤鉄アカムのためだけに存在しているといってよかった。


 うりは、その準備に積極的に取り組んだ。煙玉、発炎筒、花火や爆竹。それから、業務用の粉辛子と小麦粉を買った。


 実際にやってみると、サザンカのいたずらっ子・譲が、よく工夫していたことがわかった。小麦粉を入れて口をしばったビニール袋をただ壁にぶつけても、割れない。かといって口を開けたままでは中身がこぼれてしまう。着弾と同時に粉を吹くには、適度な大きさの穴を作っておく必要があった。


 うりは譲のその後を忘れていたが、この準備のあいだに思い出した。譲は、小夜子が死んですぐに施設を去っていた。小夜子の母である寮母の香澄が、譲の気持ちを慮ったのかもしれない。


 あのとき譲が道路に飛び出さなければ。あのとき車が来ていなかったら。あのとき公園で遊んでいなかったら。あのとき、あのとき……。


 うりは、小夜子の死がくやしくて、残念でしかたなかった。つい、小夜子の死を譲のせいにしてしまうこともあった。いま、その譲のいたずらを参考にしていることが、なんともいえず不思議だ。


 もちろん、こんな子供だましが通用するとは、うりも思っていない。相手は機動隊と自衛隊なのだ。けれど、うりには、これしかできないのだった。


 相手が少人数なら、多少の抵抗は、いなして、すり抜ける自信がある。サザンカの道場で小夜子と鍛えた合気道が実戦で通用することは、渋谷で証明済みだ。


(わたしは、全国大会のチャンピオンと練習してたんだから)


 無謀な挑戦だ。でも、うりは、どうしても赤鉄アカムに会いたかった。その理由を、うり自身も分からないままで。




 名古屋の事件直後も粛々と街は動き、東京の地下鉄網も変わらず運行していたが、空気には隠しようのない緊迫感が満ちていた。みんな、つつけば破裂する風船みたいに、不安を押さえて生活しているのだ。


 日比谷駅の階段を上がると、目の前が帝國ホテルだった。目指す帝國ホテルタワーは、もっと奥のJR高架線沿いにある。


 周辺の状況は、あらかじめ携帯端末で調べてある。地図アプリケーションを眺め、TV局の空撮画像を紙に描きおこして地理を頭に入れてある。


 帝國ホテルについても、ひと通り調べた。


 帝國ホテルは、明治時代に開業した日本でも有数の高級ホテルらしい。地上17階・地下3階の新本館と、地上31階・地下4階の帝國ホテルタワーに分かれている。赤鉄アカムがいるのは帝國ホテルタワーの最上階だ。


 うりは、ゆっくりと帝國ホテルの敷地をまわって、自分の目で警備の状況を確かめていった。


 機動隊の警備は帝國ホテルの敷地をぐるりと囲んでいる。青い制服を着た人が銀色の盾を持って並んでいて、新本館正面入口と帝國ホテルタワー入口前が、とくに警備が厚い。わずかなスペースにパトカーや装甲車が乗り入れ、新本館正面入り口の車寄せと帝國ホテルタワー入口横には、灰色のマイクロバスが止まって、その見張り台で機動隊員が監視している。


 TVに映っていた群集は、新本館正面入口前と帝國ホテルタワー北東側のブランドショップ前の広場に陣どっていた。黒い街宣車や天井にアンテナと足場のある白いバンが、日比谷通りに何台も止まって、大きな声でなにやら言っている。日比谷公園の木陰に、さらに、たくさんの人がいた。


 不安や怒りや苛立ちや悲しみ、さらには興味や興奮が、帝國ホテルへと集中しているのを、うりは感じだ。




「入れませんよ。下がって」


 帝國ホテル正面玄関の警戒線から数歩出ただけで声を掛けられた。周囲の視線が、うりに集まる。


「あの、呼ばれて来たんです」と、うりは言った。


 群衆がざわつく。


 黒い装甲服の隊員が、うりを足先から頭の先まで見た。緑のジャージを着て、なにも持っていない。


「下がって下さい。入れません」


「でも――」


「最後の警告です。下がって下さい」


 うりは引き下がった。


(やっぱり、駄目か)


 駅のコインロッカーに荷物を取りにもどる。あらかじめ分かっていたことだが、やはり強引に行くしかないようだ。


 リュックを背負ったうりが地下鉄の駅から地上へ出ると、白いバンの前でバンドが準備をしていた。バンの中に大きなスピーカーが見える。


(ラッキーかもしれない)


 うりはバンドが演奏をはじめるのを待った。バンドは渋めのジャズを奏ではじめた。


 人々がバンドに注目する。警備側も、指さしたり、ホテル内部へ走ったり、動いている。対応の指示を待っているのだろう。


 うりは意を決して、人垣の後ろへ回りこんだ。リュックから発煙筒を取り出す。


 ふいに、誰かが肩を掴んだ。


「うりっちじゃん。なにしてんの、こんなとこで」


 笑子だった。後ろにタカシもいる。


 うりは面食らった。


「あの、その、笑子さん。なんでここに……」


「当番明けだよ。店、近いんだ」


「機動隊に声かけてただろ。あぶねえことすんな」と言いながら、タカシはうりが持っている発煙筒に目を向けた。


「見てたんですか」


 笑子が真剣な表情で、うりの目をのぞき込む。


「どした? 困ってんなら、言いな」


「いえ、なんでも――」


「なら、俺らと帰るか?」


「…………いえ」


 うりは、自分の状況と計画を手短に話した。笑子とタカシは、表情をまったく動かさずに最後まで聞いていた。

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