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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
第2章 悪の魔王 1節 峨眉山の戦い
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 挿絵(By みてみん)


 インチュアン〈銀川〉は、ついにあらわれたジンイエ〈金夜〉を見て、心の中で舌打ちした。


(すでに煉気化神れんきかしんを終えてやがる。いまここで押さえるべきか、それとも――)


 相手は花皇ジンイエだ。簡単にことが運ぶはずがない。多少の犠牲は覚悟の上だが、できれば、ジンイエが目的を達する前に片を付けたい。


(でもよ、それじゃ、もったいねえよなあ)


 インチュアンは舌なめずりをした。


 ラオオーメイ〈老峨眉〉の依頼を果たすだけではつまらない。350年ぶりに出現するかもしれない広成子丹こうせいしたん。今回を逃したら、生きている内にまみえられるか分からない。


(俺にも美味いところを味わわせてもらわないとな――)



   ◆◆◆



 一昨日の晩、インチュアンの夢枕にラオオーメイが立った。


 インチュアンは中国各地に用意したねぐらのひとつで、木の寝台に横になって眠っていた。腹の上に申しわけ程度の薄布。その顔の30センチほど上の空間が淡く光りはじめる。光はゆるやかに凝集し、雫となってインチュアンの額に落ちた。意識に声がとどく。


「銀……よ……インチュアン……」


「だれだ? うるせえな」


 インチュアンは夢の中で答えた。


「インチュアンよ……」


「……久しぶりだな。なんの用だ?」


「ジンイエが……広成子丹を……手にいれ……している……」


 インチュアンは夢の中で目を見ひらいた。


「広成子丹だと!? 広成子こうせいしの、あの広成子丹か」


「そうだ……方術の祖……が尸解しかいし……力と魂……込め……陽気の塊……煉神れんしんの極……世界を破る……危険な……」


「……いいねえ、俺も欲しいねえ」


「阻止しろ……インチュアン……350年……命を渡る……広成子丹を……どう……呼びよせようというのか……」


師姐シジェ(姉弟子)なら、いいじゃねえか。なんの問題がある?」


「おそらく……禁忌を破って……わしは……先立っての戦い……動くことが……ない……回復には……数十年……」


「サハラ(魔術)の傷か」


「お前に依頼……筋が違うかもしれん……対抗できるのは……阻止しろ……縁ある……お前が……」


 声は久遠に沈み、インチュアンは目覚めた。周囲は闇だった。光の蓮は、すでにない。上半身をおこして頭をかき、覚醒を確かめるように声を出す。


「サーヒラ(魔術士)の親玉と刺し違えて引きこもってるってのに、わざわざ遠話夢えんわむを飛ばしたか」


 寝台から下り、部屋を横切って、外へ出る。そして、暗闇に向かって言った。


「おい、こそこそすんじゃねえ。出てこい」


 暗闇に濃淡が生じ、刹那のうちに、インチュアンは闇色の衣に囲まれた。ラオオーメイが組織する諜報部隊・黒衣ヘイイーだ。


 ひとりが進み出て、短衣の頭巾を背中に落とした。


「久しいな、インチュアン」


 インチュアンが眉をひそめる。


「ハンオウ〈韓応〉か。お前、黒衣ヘイイーになったのか」


「陰に動くのもよいと思ってな。われら黒衣ヘイイーこそが方術界を支えてきたのだ。安心しろ、いまさら貴様にからみはしない」


「へっ、方術界ねえ。そんなもの、どこにあるってんだ。勝手に言ってるだけだろ」


「貴様、その態度をあらためろ」


 ハンオウの声が低くなる。インチュアンは気にした風もない。


「てめえが、あらためやがれ。今回は俺の下だろ、ちがうか?」


「……形式的にはな」


 ハンオウが奥歯を噛みしめる。インチュアンは、きびすを返して、片手を上げた。


師兄弟シシォンディ(兄弟弟子)のよしみだ、仲よくやろうぜ――すぐに発つぞ」


 インチュアンは支度もそこそこに、ハンオウとともに3人の黒衣ヘイイーを引き連れて峨眉山へ向かった。



   ◆◆◆



 ジンイエは、インチュアンと似た衣装を着ていたが、その姿には少なからぬ違いがある。


 まず、短衣が赤い。また、髪をうしろで束ねているインチュアンとちがい、長髪をおろして赤い円筒形の帽子をかぶっている。そして、なにより――。


 挿絵(By みてみん)


(汚ねえなあ。どうしちまったよ、師姐シジェ


 肌は黒い垢にまみれ、長髪は板状に固まっている。色鮮やかだった衣装はほつれて、白い部分は黒く、色つきの線は黒よりも黒く、血管のようにうねっている。


 インチュアンは、10年前の、ジンイエの婚礼の日を思い出した。


 薔薇をあしらった伝統的な紅色の婚礼衣装がよく似合っていた。ジンイエの母親は、竜吉公主りゅうきつこうしゅ(古代の仙人で絶世の美女)の生まれかわりといわれた麗人で、ジンイエもその美貌を受けついでいたが、その日の美しさは常軌を逸していた。その名にふさわしく金色にかがやくようで、ジンイエを見た人々は溜息とともに声を失い、騒々しいはずの婚礼の場が、清らかな室になったかのような神聖な気につつまれていた。


 強く厳しい師姐シジェがこうも変わるものか、と、女をかがやかせる恋とその成就の力に、さしもの堅物インチュアンも感銘を受けたものだ。


(旦那か、それとも別のなにかか)


 インチュアンにとって原因など、どうでもよい。ただ、ジンイエのこんな姿は見たくなかった。


(遠慮はしねえぞ、師姐シジェ


 インチュアンは変わりはてた姉弟子の姿が想起させる様々をふりきり、仙息から小文息へ、そして武息へと、戦闘に向けて呼吸を移した。

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