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どすん、と腹にくる地鳴りが起こった。床がびりびりとふるえたかと思うと、潮の匂いがする強い風がやってきた。
「もうやだよ。行こうよ、ねえ」
井上ひまりが山本陸の袖を引く。
「ひまりちゃんは帰って。俺は残るから」
ふたりはオアシス21という、青く光る楕円形の建物の屋上公園にいる。
陸が家へ帰るように言っても、ひまりは聞かなかった。ならば勝手にしろと現場に向かうと、あとをついてきた。
オアシス21から公園まで距離はあったが、樹木が吹き飛んで中を見ることができた。そのときの稲妻は、幸いにも、ここまでは届かなかった。
そのあと、目の前で繰り広げられた非現実的な光景に魅入られたまま、ふたりは、いままでここにいたのだった。
「じゃあ、行くよ。知らないからね。あたし、行くからね」
ひまりが繰り返す。
そのとき、オアシス21前の地面が動いた。
(なんだ?)
陸は目をこらした。――人だ。人が倒れている。
いつからいたのだろう。いまのいままで、まったく気がつかなかった。その人影は、月灯りを背負って立ち上がると、上着を脱ぎ捨てた。
「おお」
陸は、思わず声を出し、慌てて口に手をやった。
月光に浮かび上がったのは、TVや雑誌でしか見ないような素晴らしいプロポーションの女性だった。丸刈りなのか、髪がないのも、アーティスティックな印象を強めている。
女は、よろけながらセントラルパークのほうへ去り、闇に消えた。
それから五分あまり、陸は呆然としていた。遠く、サイレンが鳴り出す。
「すげえものを見たなあ。人生観が変わりそうだ」
陸はひとりごちた。
「ちょっと、あんた」
突然、耳元で声がした。
「わ、びっくりした。まだ、いたのかよ」
「これからどうすんのよ」
さっきまでの甘えた声はどこへやら、ひまりの声にも表情にも、棘しかない。
「ごめん、今日は送っていけない。また連絡するよ」
「ふん」
鼻を鳴らして、ひまりは勢いよく立ちあがった。そして、虫でも見るような目で陸を見た。
「この遊び人が! あんたに、はなはやらないよ!」
「はなって、はなちゃんのこと?」
「そう、あの子はあたしの妹よ」
陸はしばし考えて、言った。
「そっか、俺を試してたのか。わかった。はなちゃんに、ありがとうって伝えといて」
ひまりの声は怒りのあまり震えていた。
「よくも、そんな軽々しく……あの子は本気なのよ!」
「知ってるよ」
軽く言って、ひまりを置いて階段へと歩きだす。
「ちょっと、待ちなさいよ。あんた、なに考えてんの!?」
ひまりが大声で言った。
「人助け」
陸は右手を上げて答えた。




