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数刻後、アカムは名古屋TV塔のねじれた鉄柱の先に立っていた。
「中国人、あんたのお陰でずいぶん分かったよ。俺になにができるのか、この力がどういうものか」
頭のうしろに、光る蓮の花と赤子がいる。
「お前、なんなの?」
アカムの問いかけに答えるように、赤子はむずがって体をふるわせた。
「まあ、俺自身なのかね」
手をのばして赤子の頭をなでる。ほのかにあたたかいが、触れることはできない。そこに在る、ということだけは伝わってくる。
アカムは全裸だった。服が焼け落ち、身体中が血と泥まみれで、左脇腹に裂傷、右脇腹に黒い穴が開いている。どちらの傷も血は止まっており、痛みはかすかだ。
中国人の左腕は、どこにもなかった。あのとき、アカムは心臓を鷲掴みにされるのを感じた。そのまま心臓を潰されるかと思った。ぞっと悪寒が走って、その直後、感触が消えた。
「俺の中に腕を残したのか。気色悪いが、まあいいか。――それにしても、俺、よく生き残ったよな」
あの中国人の技に触れるたび、感覚的な気づきがあった。手指の先まで理解が通り、体がどんどん動いた。気づくと赤子が生まれていた。
名古屋を破壊するための力は、すでに練り上げてある。戦いの前とちがって、力を生み出すのも、とどめるのも、スムーズにできる。赤子が力の受け皿になっていて、力を制御する余裕が生まれるらしい。自分を体の外に感じるのは奇妙で、まるで、世界へ自分が染み出しているようだ。
「面白い面白い。どんどん、できるようになるじゃん」
アカムは確かな成長を感じて満足だった。
赤子から力を取り出して右腕に移すと、それだけで周囲の空気が押しのけられ、風が巻いた。この力を放った結果どうなるのか――。
この大きさは初めての経験だ。イメージとしては、名古屋が壊滅して伊勢湾がより深く陸地にくい込む。そして、名古屋に住む230万人のうち、かなりの人が理不尽な死を迎える。
それがどういうことか。なにが起こり、なにが失われるのか。アカムは考えようとして、すぐに心を閉ざした。
「――死ね」
無表情に名古屋の街を見ると、アカムはゆっくりと腕を上げ――振り下ろした。
その瞬間、アカムの右前腕にナイフが突き立った。腕が、かっと熱くなる。それは、あの中国人の腕から生えていたナイフだった。
刺突の衝撃でエネルギー弾の方向がズレる。イメージよりも水平に飛んで、夜空と暗い海のあいだあたりに吸い込まれていく。
一瞬の静寂のあと、朝日のような輝きとともに巨大な水柱が上がった。轟音と振動がアカムの立つ名古屋TV塔の残骸を揺らし、潮の混じった爆風が衝撃波とともにやって来る。
アカムは腕のナイフを抜いて、下方の闇に捨てた。
「まだまだだなあ」
溜め息まじりにつぶやく。
攻撃に集中するあまり警戒を怠ってしまった。力を自在に制御できるつもりでいたが、とんだ思い上がりだったらしい。三角の女は消し飛んだと思い込んでいたことも油断だ。力を操り、戦う技と経験において、あの中国人には遠く及ばない。
いまいちど力を練って地面ごと女を吹き飛ばすことは簡単だ。しかし、アカムはそうしなかった。名古屋への攻撃も、もういい。
「謝謝(ありがとう)、中国人」
つぶやいて、アカムは鉄骨を蹴って高空へ飛んだ。




