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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         3節 名古屋TV塔の戦い
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33

 1分が経過し、アカムは静かになった。白眼を剥き、仰向けのまま、ぐったりしている。体は鎖に引かれて中空にある。腹の中に、ゆらめく光が見える。インチュアン〈銀川〉が発する稲妻が、その光にまとわりついている。


 インチュアンは、両手をゆっくりとアカムの上半身へと動かした。すると、光も移動をはじめた。


 インチュアンの顎から汗がしたたり落ちる。たっぷり2分を費やして、光はアカムの喉元に達した。窒息した魚のようにひらいた口から、光と闇が渦巻く斑模様の光球が顔を出す。


「よう……20年振りだな、広成子丹」


 四半世紀をかけて追い求めた力が、いまインチュアンの手に入ろうとしていた。


「スイ〈錘〉!」


 インチュアンが呼んだ。


オウ(はい)」と、黒衣ヘイイーの1人が答えた。女の声だ。


「合図したら、すぐに全員で広成子丹を縛れ」


シー(わかりました)」


 スイと呼ばれた黒衣ヘイイーはうなずき――はっと顔を上げた。


「インチュアン!」


 アカムの白目に、ぎょろりと黒目があらわれた。首を上げて、噛むように広成子丹を嚥下する。獣の咆哮が轟き、アカムの全身から力が放たれる。それは、熟練の方術士から見れば稚拙で単純な発気だった。しかし、インチュアンは踏み止まることができずに人形のように吹き飛んだ。


 アカムを拘束する5本の鉄鎖に黒いふくらみがあらわれ、鎖を破壊しながら持ち手へ向かう。


「手を放せッ!」


 着地して、インチュアンが叫んだ。


 鎖のふくらみは一瞬で黒衣ヘイイーたちに到達し、持ち手から体内に入り込んで後頭部へ抜けた。黒衣ヘイイーたちの頭から桜色の肉片が噴き出す。


 つづいてやってきた衝撃波が煉瓦をめくり上げ、地下街の柱を薙ぎたおす。公園が沈下をはじめ、黒衣ヘイイーの死体と車椅子の残骸を土砂が飲み込んだ。


 その土砂の中から、影がひとつ、アカムに向かって飛びだした。インチュアンにスイと呼ばれた黒衣ヘイイーだった。間一髪、鎖から手を離して逃れていたのだ。


「アッ!」


 気合一閃、大振りのナイフを振るって衝撃波を切り裂く。光の破片が飛び散り、分断されたエネルギーが乱流を起こして吹き荒れた。その爆風がスイの頭巾を払い、アカムが放つ光が顔を照らす。


 切れ長の目と、すらりとした鼻筋をした美しい顔があらわれた。綺麗な丸刈りで、額のすぐ上に底辺を下にした正三角形の形が、そこだけ長めに残した髪で描かれている。清涼な美形に長身、奇抜な髪型は、欧州のコレクションでランウェイを歩くトップモデルのようだ。


 スイは一旦かがむと、胸から黒い小さなものを放した。それは猫だった。猫は一目散に公園の暗がりに駆け込んだ。衝撃波で吹き飛ばされてきたところを保護していたのだ。


「ちゃんと逃げなよ」


 そう呟くと、スイは長い手足をしなやかに動かし、一直線にアカムに向かった。最短距離を走りながら、視界の端で、立ち上がるインチュアンをとらえる。スイが時間を稼げば、インチュアンが片をつけてくれるだろう。


 アカムは背中を丸めて茫洋と佇んでいたが、全身から放っていた光が、ふいに消え、後頭部が鮮烈に輝きはじめた。これまでとは比べものにならない鋭い閃光の中に、スイは蓮の蕾を見た。花がひらき、光る赤子があらわれる。


「陽神など――素人じゃなかったのか!?」


 驚愕するスイの視界からアカムの姿が消える。


「そこだ!」


 スイはナイフを投擲した。インチュアンの隣にあらわれたアカムをナイフが襲う。アカムは跳びすさり、渦巻く風とドーム状の光を生みだした。


「障壁(虚室生壁のこと)でも、七剣しちけんなら!」


 スイの後頭部が光を発した。投擲したまま伸ばした右手から光が飛び出し、一筋の線上をはしってナイフを追う。光がナイフに追いついた瞬間、ナイフはアカムが形成する光の膜に突き刺さり、突き抜けて、アカムの頭部へ飛んだ。アカムはふらりと頭をゆらして射線をさけたが、ナイフは空中で軌道を変えて左耳を裂いた。


「次!」


 スイが右手を振った。ナイフが弧を描いて、ふたたびアカムへ向かう。


「まずは雑魚からってのが、ボス戦の基本だったよ」


 いきなり、スイの目の前にアカムがいた。右手刀が自分の首に吸い込まれるのを、スイはスローモーションで見た。防御の左腕は間に合わない。


(ごめん、インチュアン。あたし、ここで――)


「下がれ!」


 インチュアンが、アカムとスイの間に割って入った。


 インチュアンの痛ましき腕を、アカムは体をひらいて左手刀で迎え撃った。右手刀の勢いが殺されて、スイの防御が間一髪で間に合う。


 スイは衝撃を殺しきれず、そのまま、うしろに大きく吹き飛んだ。左前腕が、くの字に折れている。


「全力の障壁なのに!」


 後方に一回転して見事に着地すると、折れた左腕をぴたりと体につけ、スイは地を蹴った。


 対峙は一瞬。巨大な土柱を背後に残して、アカムが水平に跳んだ。インチュアンは痛ましき腕を伸ばし、稲妻をまとう虚室生壁を押し出した。


 ふたりの交点へ向けて、スイが七剣を投げる。七剣のあとを追うように細かい光がきらめく。光はスイの手元から伸びている。


 スイが得意とする、流星錘という暗器だ。通常は丈夫なテグスの先端に鉛玉をつけるが、スイの流星錘は鉛玉を七剣にかえた特別製で、テグスのかわりに陽気を通す神鉄の細い鎖を使っている。


 虚室生壁を突き抜ける七剣での攻撃は、赤鉄アカムといえど無視できない。必ず、インチュアンが先手を取る隙が生じるはず。それが、スイの狙いだった。


 だが――。


 アカムの左脇腹へと吸い込まれる七剣の流星錘の前に、前触れもなく人型が起き上がり、スイの流星錘を受け止めてしまった。それは、さっきまで一緒に戦っていた黒衣ヘイイーだった。


(生きていた? 否、だれが操っている? まさか赤鉄アカムが――)


 黒衣ヘイイーは七剣の光を吸い込み、崩れて散った。


相殺そうさい!?」


 混乱しながら、スイは流星錘を引いたが、先端に七剣はない。


「インチュアン!」


 スイが叫んだ。


 アカムが、インチュアンの虚室生壁を七剣で切り裂く。インチュアンは身を沈め、そのままの姿勢で不自然に動きを止めた。インチュアンの足を、地面から生えた腕が掴んでいる。


 インチュアンの背光が輝き、地面が爆発した。地中に潜んでいた黒衣の体が跡形もなく吹き飛ぶ。


 抉れた穴に落下することなく、インチュアンは空中にとどまった。そこに、アカムが光の尾を引いて襲いかかる。


「駄目だ!」


 スイの目の前に、ぼとり、と、なにかが落ちた。3本の刃が地面に刺さって、血まみれの腕が飾り物のように浮いている。


 驚嘆を一瞬で飲み込み、痛ましき腕を拾うと、スイは走った。


 インチュアンは肘の上で切断された右腕から大量に出血していた。アカムは右腕で七剣を振りぬいた姿勢のまま動きを止め、顎をがくがくと揺らし、顔を真っ青にして口から血を流している。インチュアンの左腕が、肝臓の下から心臓に向けて、まっすぐにアカムの体幹を貫いている。


「……残させて……もらうぞ……」


 インチュアンの背光が、いや増す。しかし、そこには陽神も蓮もない。


(駄目だ――陽神なしじゃ、体がもたない!)


 アカムを攻撃すべく、スイが跳ぶ。空中で、インチュアンの切断された右腕から七剣をもぎ取る。


 インチュアンがスイを見た。


「――カラマを頼れ」


 それが、インチュアンからスイへの最後の遠話となった。


 アカムが眼を開けた。その双眸は金色に耀き、瞳は砂時計の形をしていた。


「貴様――そうか、広成子丹とは、そういうものか――ッ!」


 アカムの七剣がインチュアンの首を切り落とし、返す刀が左腕を断つ。


 雄叫びを上げて飛び込んだスイを、巨大な光球が飲み込んだ。

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