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インチュアン〈銀川〉は、その若者をまじまじと見た。
方術の開祖である広成子が、生涯の最後にすべての力を凝縮して残したとされる広成子丹。あまりの力に扱えるものもなく、世にでるのは稀だ。25年前、インチュアンの師姐(姉弟子)であるジンイエ〈金夜〉が呼び寄せて、ひさかた振りに歴史上にあらわれたが、すぐに消えてしまった。
その広成子丹がいま、どういうわけか日本人の青年の中にある。25年前のあの日、インチュアンの目の前で上空に飛び去ったはずの光の珠が、いったい、どのような経緯でこの青年の中に入ったのか。
(それはそれで不思議だが、いまはどうでもいい。広成子丹がここにある。意味があるのはそれだけだ)
「峨眉山の因縁にここで決着をつける。わるいな」
「あ……が……あ……峨眉……山……?」
「お前、広成子丹を使いこなしかけてるな。修練もなくそんなことができるなど、化け物だぜ」
「早くしろ! なにかおかしい、押されているぞ」
車椅子の男・ハンオウ〈韓応〉が叫んだ。
インチュアンは、ハンオウを鋭くにらみ、うなずいた。
「いただくぞ、広成子丹」
インチュアンの後頭部が目もくらまんばかりに輝き、閃光が広場を満たす。光の中から蓮の蕾があらわれて、花ひらく。花の中から光る赤子――陽神があらわれた。
インチュアンは目を爛々とかがやかせ、背中をぐっと丸めた。肩甲骨がひらき、広背筋が翼のように広がる。その広大な背中の中央に、衣装を突き破って3本の刃が飛び出した。
右腕にあるのと同じ、20センチの血まみれの銀色が背骨に沿ってならぶ。インチュアンが雄叫びを上げると、陽神もまた口をあけて声なき声を放った。きんっ、という甲高い音がして円光がひろがる。光が、目をあけていられないほどに、いや増した。
「クリマ!」
稲妻が天とインチュアンを繋ぐ。臓腑をふるわせる雷音が轟き、激しい稲光が周囲を覆いつくす。雷をふくんだ衝撃波が樹木を吹き飛ばし、無数の稲妻が青白い蛇となって地面を這いまわる。蛇は久屋大通りにまで溢れ出して、自動車をつぎつぎと爆発させ、ビルの窓を割り、人々をなぎたおした。
やがて、その青白い蛇どもが一斉にアカムに襲いかかった。服が裂けて燃えあがり、むきだしの臍下に稲妻が集中する。
インチュアンはアカムの下腹を、腹側と背中側から、それぞれ10センチほど離して両手ではさんだ。
「煉神還虚――排毒」
アカムの下腹をつらぬいて、インチュアンの五指と五指を稲妻が結ぶ。アカムの体が空中で跳ね上がり、全身が激しく蠕動する。目を、カッとひらき、無様にもがき、涎をたらし、涙を流して慈悲を乞う。
「や、やべでぇ……あ、あづぅぅいぃぃ……焼け、焼けるぅぅぅ!」
「しばしの……辛抱だ……」
インチュアンもまた苦しそうだ。歯を食いしばり、額に玉の汗を浮かべて、雷に変えた陽気を広成子丹に送り込み続ける。




