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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
         3節 名古屋TV塔の戦い
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 アカムは久屋大通公園の人工の小川に落下した。水深は数センチ。水柱は上がらず、かわりに川底の自然石や岩が大量に跳ね上がった。あたりから悲鳴があがる。無人に見えても、公園に人はいたようだ。


 アカムは自分の体がつくった小型クレーターの中心で、全身を強く打った痛みと呼吸困難で悶絶していた。バリアーを出したはずが、うまくいかなかったようだ。


「あ……が……」


 やっとのことで背筋の緊張がとけ、腹をくの字に曲げる。その直後、アカムの頭があった場所に巨大な鉄骨が突き刺さった。間一髪だった。土砂と瓦礫が巻き上がり、アカムは横転してそれらを避けた。


(こういうときは……バリアー……だろうが……)


 まだ咄嗟の制御ができない。なんとか呼吸を整え、膝をついて振り返る。


 名古屋TV塔が半壊している。高いほうの展望台の屋根まで吹き飛んで、鉄骨が叫ぶように広がっている。


「畜生、どこのどいつだ」


 立ち上がって、あたりを見まわす。町田警察署で打ち込まれたロケットランチャーと結果が似ているが、これはちがうものだ。無機質な道具ではない。血の通った生きた力だ。つまり、アカムと同じ――。


「――!?」


 気がつけば、最初からそこにいたとしかいいようのない唐突さで、4つの影がアカムを取り囲んでいた。


 闇が凝固したような黒装束。頭巾を目深におろし、顔立ちどころか性別さえわからない。それぞれが5メートルほどの距離をとって四方に立つ。


「――なにものだ」


 満遍なく視線を配りながら、アカムが言った。答えはない。


「聞こえてんだろッ!」


 叫びざま、力を使って土砂をはじき飛ばす。土砂が礫となって四つの影を襲ったが、闇色は身じろぎもせず、礫は黒装束に当たっては落ちた。


「てめえら――」


(これは得体が知れない。逃げた方がいいかも知れない、否、逃げるべきだ)


 思いとは裏腹に、アカムの背筋を熱いものが駆けのぼる。首のうしろで泡立つような音がする。戦慄とも、武者震いとも取れるふるえが、下腹から頭頂へ駆けぬける。


(ああ、これだ)


 その感覚こそ、町田警察署で感じた胸の高鳴りだった。この熱が、あのとき、立ち向かう力をアカムに与えた。アカムは熱に押されるまま、一歩を踏みだした。


「近づくな、ここから先は俺がやる」


 突然、胴間声がひびいた。中国語だ。声のしたほう、街路樹の暗がりから男があらわれた。


 その男は、黒装束たちとはちがう派手な服を着ていた。赤や青、金銀の線が白地の作務衣のような衣装に踊っている。袖なしの上着を羽織っており、こちらは鮮やかな青だ。これから遊園地のショーに出る、と言われても納得してしまいそうな恰好だった。


 がっしりした顎、太い首。大柄で、身長は180以上。長髪をきつくうしろで束ねている。限界までよせた太い眉の下の、烈火のごとき眼差しは、それだけで虎を殺せそうだ。


 男は人工の小川を歩いてきた。ゆっくりと歩を進める足もとで、水面にかすかな波紋が広がる。よく見ると、足が水に沈んでいない。


「お前、誰?」


 アカムは中国語で問うた。男は驚きの表情を浮かべて、言った。


「中国語が分かるのか?」


「仕事で、すこし勉強した」


「ほう、そうか。なら話がはやい。おとなしくしていれば苦痛も少ない。抵抗するな」


「ごめん。それ難しくて分からない」


 言うが早いか、アカムは真横に跳躍し、同時に、男に向けてエネルギー弾を放った。


 男はエネルギー弾をなんなくかわし、アカムとおなじ方向に跳んだ。凄まじいスピードに、土砂がトンネル状に巻き上がる。


 アカムが放ったエネルギー弾は、街路樹を倒して久屋大通りへ抜け、路上駐車の車を吹き飛ばした。アスファルトが爆発し、道路に大穴があく。


 アカムが着地すると、眼前に男が立ちはだかっていた。その右腕から、衣装を破って3本の刃が飛び出す。肉を切り、皮膚を裂いた刃は、男自身の血で赤く濡れていた。


 刃の先から雷光がほとばしる!


「痛ましき腕ぇぇ!」


 男が刃の腕で下突きを放った。雷をまとった腕がアカムの腹に突き刺さる。アカムのバリアーは一瞬で破れ、拳が腹直筋を直撃する。


 アカムは体をくの字に曲げて吹き飛んだ。地面を抉りながら転がり、深く掘りさげた煉瓦敷きの広場に、「CENTRAL PARK」と書いた看板を突きぬけて落下する。


 煉瓦に体を強く打って呼吸すら困難だったが、それよりも、魂を引き裂かれるような腹部の激痛が耐えがたい。背を丸めて、アカムは虚空に助けを求めた。


(殺される! わけも分からないまま、わけの分からない中国人に。逃げるんだ――空を飛んで!)


 腰に重い感触がきた。一気に引かれて宙に浮く。大人の男の手首ほどもある太い鎖が巻きついている。なんとか鎖を掴んで踏みとどまった。


「畜生、畜生、畜生!」


 下腹に意識を集中し、力を引き出す。鎖の先は地下街の暗がりへ消えている。渾身の力を込めて引く。


 鎖が、ぐんと動き、鎖に引かれて、地下街から車椅子の男が出てきた。男もまた黒ずくめの恰好だった。


「よく来たな、広成子丹」と、中国語で、車椅子の男が言った。


 男の手もとが輝き、鈍い光が鎖を伝ってアカムのほうへ走る。


(まずい――)


 アカムが手を離すのと、光の到達が同時だった。全身の筋肉が緊張し、アカムはそのままの姿勢で動けなくなった。


「そのままだ、ハンオウ〈韓応〉!」


 さっきの派手な衣装の男が、煉瓦敷きの広場に飛び降りてきた。着地するや、スパークを放つ刃の並んだ拳を、アカムの下腹に叩き込む。


 こんどは、アカムは吹き飛ばなかった。凄まじい技量が、すべての衝撃をアカムの体に移し切ったのだ。ぐったりと力の抜けたアカムの全身に電光が閃き、煙が上がる。アカムはあえぎ、吐いた。


「すまんな、素人にやり過ぎかもしれんが、慎重にもなろうってもんだ」


 派手な衣装の男は、突き入れた右腕でアカムを高く持ちあげた。四方から鎖が飛びきて、アカムの両手足を拘束する。どの鎖も流動する光を帯び、握るのは、いつのまにか下りてきた四人の黒装束だ。


 車椅子の男の技で筋肉を固められたまま、こんどは鎖で強引に手足を引き伸ばされたため、筋肉の断裂する大変な痛みがアカムを襲ったはずだ。しかし、アカムはびくびくと痙攣するばかりで悲鳴を上げない。


 派手な衣装の男が顔を近づけて、言った。


「気絶したか。とはいえ、痛ましき腕を2度くらって、体が裂けることもなく、焼けることもないとは。――未熟なうちでよかったぜ」


 アカムは男の声を遠く聞いていた。

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