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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
第3章 敵手相合 1節 町田警察署の戦い3
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「こんな臭いところに、これ以上いたくないでしょ。俺も早く帝國ホテルに行きたいし。――終わりましょう」


 そう赤鉄アカムが言って、生放送は終了した。


 吉田たちは、すぐに撤収をはじめた。赤鉄アカムは、その様子をソファから見ていたが、さっきまでの覇気はどこへやら、地味で精気のない青年にもどっている。


 吉田は婦警が気になった。ふたりは小便の中に放置されたままだ。彼女たちが受けた肉体的、精神的苦痛を思って、吉田は胸を痛めた。


(早く、あたたかいシャワーを浴びて欲しい。なんとか連れて帰れないものか)


「あの、赤鉄さん……」


 吉田は思い切って赤鉄アカムに声をかけた。


「あの、この子たちなんですけ――」


 ディレクターが吉田の袖を引いた。目を見て、首を振る。吉田は嘆息して、うなずいた。


 吉田たちはソファセットをあとにし、包囲陣に向かって歩きはじめた。カメラアシスタントが引く機材カートが、床に積もった瓦礫の屑や埃を舞い上げる。


(ひとまず無事でよかったが――)


 吉田は、ほっとしつつも、心残りで振りかえった。赤鉄アカムはソファに掛けたまま、婦警は床に倒れたまま、まるで時間が止まったように動かない。


(もどったら交渉役を申し出てみるか、否、しかし――)


 吉田が視線をもどすと、包囲陣後方の装甲車の上で、なにかが光った。――刹那、火線が吉田の頬を掠め、直後に、ターンと炸裂音が響いた。それを合図に、人影が左右に走り、無数の銃声が空間を満たす。


「伏せろ!」


 吉田は叫んだ。うずくまったクルーたちの頭上を銃弾が通過する。


「俺たちごとかよ! 人質だっているんだぞ!」


 吉田の訴えは、ボシュウ、という独特の発射音に打ち消された。包囲陣の中から炎が飛び出し、煙の筋を引いてホールの天井に突進する。


 爆発――。


 瓦礫が降り注ぎ、吉田たちの真上、砂塵の向こうから、巨大なコンクリート塊が、ぬっと姿をあらわした。



   ◆◆◆



 新野が注目したのは、カメラアシスタントの機材カートが巻き上げる埃だった。ソファセットから、埃は二筋の線となって途切れることなく続いていた。


 埃の線が赤鉄アカムと包囲陣との中間を過ぎたとき、見えない壁が存在しないことを確信して、新野は指示を出した。SATの部隊長には、狙撃と同時に展開、躊躇なしの一斉射撃を命じてあった。


 狙いあやまたず、銃弾は赤鉄アカムが作りだした見えない壁の内側へ達した。ソファの中身が弾け飛んで舞い上がり、木製の机がずたずたになる。


 ダメ押しのロケットランチャーは天井を狙ったが、これは一石二鳥の策だった。撮影クルーや婦警への直撃を避けつつ、コンクリート塊による頭上攻撃を行う。前方の銃弾と上方の瓦礫。――2方向からの、ほぼ同時攻撃に対処するのは、人間である限り難しいはずだ。


 撮影クルーと婦警の安否は、舞い上がった粉塵のため確認できない。もし被害があれば失点だが、極限状態の現場の判断であり、汚名は自分が引き受ければよい。新野は、そう覚悟を決めていた。



   ◆◆◆



 吉田は、おそるおそる顔を上げた。強い痛みは感じない。どうやら、まだ生きているようだ。


 視界は茶色がかった灰色一色で、目に砂が入って痛むため、しっかりと状況を確認することができない。


 ぼんやりと、2本の黒い柱が見える。なにか液体が、ぽたりぽたりと落ちている。


 目の前に、赤鉄アカムが立っていた。


 天井がやけに低い――否、天井と見えたのは、巨大なコンクリートの塊だ。赤鉄アカムがコンクリートの塊を受け止めて、支えている。片方の手の平を鉄筋が貫いて、その血が地面に滴っていた。


「大丈夫ですか?」と、赤鉄アカムが言った。


 吉田はうなずいた。


 赤鉄アカムは、コンクリート塊を脇に投げ捨てて膝をついた。右足のふくらはぎが大きく裂けて、血が溢れだしている。


「君こそ、その傷……」


 語尾は掠れて言葉にならなかった。喉に粉塵がからみつき、舌が紙粘土のようだ。


「今日は、これで失礼します。また連絡するから、いろいろ、お願いしますよ」


 赤鉄アカムは、吉田の名刺をしまったポケットをジャケットの上から叩いた。


 粉塵が激しく吉田の顔を打つ。爆風が去り、ようやく視界がもどったときには、赤鉄アカムの姿はどこにもなかった。



   ◆◆◆



「カナリアだけ生き残ったか……」


 新野は、赤鉄アカムが飛び去った空を見上げた。


 機動隊とSATを投入し、大量の殉職者を出し、町田警察署が瓦礫と化した。ここまで犠牲を出して、犯人に逃げられてしまった。


 大変な失態だった。新野は責任を取ることになるだろう。


 しかし、新野の指示で、すべては撮影されており、貴重な映像が残った。解析すれば突破口が開けると、新野は確信している。


(俺に次の指揮権が与えられるとは思えないがな)


「……俺から逃げられると思うなよ。つぎは確実に殺してやる」


 新野は、きびすを返し、撤収の指示をするために指揮車に向かった。

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