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「こんな臭いところに、これ以上いたくないでしょ。俺も早く帝國ホテルに行きたいし。――終わりましょう」
そう赤鉄アカムが言って、生放送は終了した。
吉田たちは、すぐに撤収をはじめた。赤鉄アカムは、その様子をソファから見ていたが、さっきまでの覇気はどこへやら、地味で精気のない青年にもどっている。
吉田は婦警が気になった。ふたりは小便の中に放置されたままだ。彼女たちが受けた肉体的、精神的苦痛を思って、吉田は胸を痛めた。
(早く、あたたかいシャワーを浴びて欲しい。なんとか連れて帰れないものか)
「あの、赤鉄さん……」
吉田は思い切って赤鉄アカムに声をかけた。
「あの、この子たちなんですけ――」
ディレクターが吉田の袖を引いた。目を見て、首を振る。吉田は嘆息して、うなずいた。
吉田たちはソファセットをあとにし、包囲陣に向かって歩きはじめた。カメラアシスタントが引く機材カートが、床に積もった瓦礫の屑や埃を舞い上げる。
(ひとまず無事でよかったが――)
吉田は、ほっとしつつも、心残りで振りかえった。赤鉄アカムはソファに掛けたまま、婦警は床に倒れたまま、まるで時間が止まったように動かない。
(もどったら交渉役を申し出てみるか、否、しかし――)
吉田が視線をもどすと、包囲陣後方の装甲車の上で、なにかが光った。――刹那、火線が吉田の頬を掠め、直後に、ターンと炸裂音が響いた。それを合図に、人影が左右に走り、無数の銃声が空間を満たす。
「伏せろ!」
吉田は叫んだ。うずくまったクルーたちの頭上を銃弾が通過する。
「俺たちごとかよ! 人質だっているんだぞ!」
吉田の訴えは、ボシュウ、という独特の発射音に打ち消された。包囲陣の中から炎が飛び出し、煙の筋を引いてホールの天井に突進する。
爆発――。
瓦礫が降り注ぎ、吉田たちの真上、砂塵の向こうから、巨大なコンクリート塊が、ぬっと姿をあらわした。
◆◆◆
新野が注目したのは、カメラアシスタントの機材カートが巻き上げる埃だった。ソファセットから、埃は二筋の線となって途切れることなく続いていた。
埃の線が赤鉄アカムと包囲陣との中間を過ぎたとき、見えない壁が存在しないことを確信して、新野は指示を出した。SATの部隊長には、狙撃と同時に展開、躊躇なしの一斉射撃を命じてあった。
狙いあやまたず、銃弾は赤鉄アカムが作りだした見えない壁の内側へ達した。ソファの中身が弾け飛んで舞い上がり、木製の机がずたずたになる。
ダメ押しのロケットランチャーは天井を狙ったが、これは一石二鳥の策だった。撮影クルーや婦警への直撃を避けつつ、コンクリート塊による頭上攻撃を行う。前方の銃弾と上方の瓦礫。――2方向からの、ほぼ同時攻撃に対処するのは、人間である限り難しいはずだ。
撮影クルーと婦警の安否は、舞い上がった粉塵のため確認できない。もし被害があれば失点だが、極限状態の現場の判断であり、汚名は自分が引き受ければよい。新野は、そう覚悟を決めていた。
◆◆◆
吉田は、おそるおそる顔を上げた。強い痛みは感じない。どうやら、まだ生きているようだ。
視界は茶色がかった灰色一色で、目に砂が入って痛むため、しっかりと状況を確認することができない。
ぼんやりと、2本の黒い柱が見える。なにか液体が、ぽたりぽたりと落ちている。
目の前に、赤鉄アカムが立っていた。
天井がやけに低い――否、天井と見えたのは、巨大なコンクリートの塊だ。赤鉄アカムがコンクリートの塊を受け止めて、支えている。片方の手の平を鉄筋が貫いて、その血が地面に滴っていた。
「大丈夫ですか?」と、赤鉄アカムが言った。
吉田はうなずいた。
赤鉄アカムは、コンクリート塊を脇に投げ捨てて膝をついた。右足のふくらはぎが大きく裂けて、血が溢れだしている。
「君こそ、その傷……」
語尾は掠れて言葉にならなかった。喉に粉塵がからみつき、舌が紙粘土のようだ。
「今日は、これで失礼します。また連絡するから、いろいろ、お願いしますよ」
赤鉄アカムは、吉田の名刺をしまったポケットをジャケットの上から叩いた。
粉塵が激しく吉田の顔を打つ。爆風が去り、ようやく視界がもどったときには、赤鉄アカムの姿はどこにもなかった。
◆◆◆
「カナリアだけ生き残ったか……」
新野は、赤鉄アカムが飛び去った空を見上げた。
機動隊とSATを投入し、大量の殉職者を出し、町田警察署が瓦礫と化した。ここまで犠牲を出して、犯人に逃げられてしまった。
大変な失態だった。新野は責任を取ることになるだろう。
しかし、新野の指示で、すべては撮影されており、貴重な映像が残った。解析すれば突破口が開けると、新野は確信している。
(俺に次の指揮権が与えられるとは思えないがな)
「……俺から逃げられると思うなよ。つぎは確実に殺してやる」
新野は、きびすを返し、撤収の指示をするために指揮車に向かった。




