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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
第3章 敵手相合 1節 町田警察署の戦い3
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 吉田たちクルーは放送機材をかかえて、新野の先導で現場に移動した。


 警察車両の間を抜けて、町田警察署の正面ホールに出る。天井が崩れて半露天になったホールは片づけたように綺麗で、照明が残った天井に反射し、ホール奥に、やさしい間接光がふりそそいでいる。


 中央、包囲陣と真っ向にらみ合う位置、赤いソファに、その男は座っていた。


 黒いミディアムヘアの、ごく普通の青年に見える。紺の薄手のジャケットを着て、インナーは薄いブルーの長袖ポロシャツ。下はグレーのスラックスだ。悠然と腰かけ、肘掛けに肘をついて、手首に顎をのせている。


 新野から手渡された資料には、こうあった。




・氏名:赤鉄アカム


・年齢:29歳


・住所:東京都町田市**2ー*ー*


・職業:**株式会社勤務


・結婚暦:無し


・最終学歴:**大学理工学部


・犯罪歴:無し




 電気メーカーに勤めるサラリーマンらしい。有名私大卒で、学歴は十分。29歳での独身は、いまどき珍しくもない。そして、




・備考:両親は東京都文京区音羽に在住




 都内の一等地に実家。金持ちとは限らないが、生活に困窮するような家ではあるまい。


 プロフィールからは信じがたいが、この男が町田警察署を破壊し、わかっているだけで12人を殺害した。衝動的に行える規模の犯罪ではない。なにか主張を持ったテロリストだろうか。国内の過激派か、それとも海外犯罪組織か、それとも――。


(否々、そこが問題じゃない)


 この男が行使している超常的な力が問題なのだ。それが、警察が屈辱的な要求を受け入れ、忌み嫌うマスコミに頭をさげた理由だ。


(いったい、何者なのだろうか)


 その答えを得る権利が、いま吉田に与えられている。


(俺は、もっと喜ぶべきなんだろうな。でも、命の危険があるのもたしかだ。……大丈夫、俺はプロだ。やれる)


 自らを鼓舞しつつ、クルーを従えて包囲陣から歩み出る。ホールの床に、おびただしい血飛沫が散っている。ソファセットを中心に外側へ向かって、突風に吹き散らされたように広がっているこれが、殉職した隊員の血だろう。吉田たちは、その血を踏んで進んだ。



   ◆◆◆



 新野は指揮車の中から吉田たちが現場へ入るのを注視していた。吉田が10メートルラインを踏み越えたとき、いっしょにモニターを見ていた隊員が、ごくりと唾を飲んだ。


「越えましたよ。いまなら踏み込めるんじゃないですか?」


 新野は眉を上げ、左の口角をひくつかせて隊員を見た。


「お前、やつのなにを知ってるんだ? 黙って俺が判断するのを見てろ。これも勉強だ」


(いまはまだ静観が最善手だ。わるいがTV局の連中にはカナリアになってもらう)


 新野は、隊員が嫌そうに顔をしかめたのに気づかないまま、この先の施策に思いを巡らせた。



   ◆◆◆



「どうも、わざわざすいません」


 赤鉄アカムは起立して吉田たちを出迎えた。近くで見ても、地味でぱっとしない印象は変わらない。ただ、あまり健康そうに見えない。というか、かなり不健康そうだ。髪は油っぽく束になっているし、目の下には深い隈がある。無精ひげも目立つ。


(まるで、若くして妻を亡くした不幸な男のようだな)と、吉田は思った。


 赤鉄アカムが言った。


「さっそく放送の準備をしてください。早くしたいんで」


「あ、はい。すぐに」


 吉田がクルーをうながす。


 クルーは、吉田とディレクター以外に3人――カメラマンと、音声担当と、カメラアシスタントがいる。カメラマンがカメラを構え、音声担当がガンマイクを調整し、カメラアシスタントが機材を接続してコードを整理した。


 準備完了。あとはディレクターがQサインを出せば、いつでも放送できる。


「レポーターのあなた、お名前は?」と、赤鉄アカムが言った。


「あ、すみません、申しおくれました。吉田です」


「よろしく、吉田さん。赤鉄です」


 赤鉄アカムは吉田がもつ資料に、ちらりと目をやって笑った。ずいぶんと人なつこい笑顔だった。普段の地味な印象と笑顔のギャップが大きい。


 名刺が欲しい、というので、名刺入れから1枚出して渡す。赤鉄アカムは大事そうにジャケットの内ポケットにしまった。


(これは注意しないと、相手に飲まれかねないぞ)


 吉田は、目の前の男が、ただの人好きのする青年にしか見えないことに警戒心を強めた。


 赤鉄アカムはソファにもどり、床に置いてある液晶TVを指さした。


「このTVに8チャンネルを映しますね」


 リモコンを操作して、画面をCXTVのニュース番組にきりかえる。スタジオでは、アナウンサーが吉田たちの中継開始を待っている。


「あなたがたの撮影した画像が生で放送されているかどうか、俺は確認することができます。もし、警察やあなたがたが嘘をついたら――この取材がごっこ遊びだったら、ということですけど――俺は即座に、ここから半径10キロ以内のすべてを消滅させます」


 あしたの天気の話をするような言い方だった。吉田は右手で、上から下へ、下から上へと顔を撫でた。


 新野から話を聞いたときには、未知の力を秘めた男――いまにも光弾でも放ちそうなキャラクターを思い描き、その漫画的なイメージに苦笑いを禁じ得なかった。しかし、戦争のような包囲陣を抜け、血溜まりを踏み越えてきたせいだろうか。いまは、この疲れた青年が言っていることを、笑い飛ばすわけにはいかないような気になっている。


(半径10キロ以内のすべてを消滅させるなんて、絵空事でしかありえない。でも、もし爆弾でも仕掛けてあれば、もしかしたら――)


 吉田は、赤鉄アカムを待たせて、新野に連絡した。用件を伝えると、新野は電話口で舌打ちをした。そして、「手配するから、待ってください」と言った。


 吉田は携帯端末のマイクを手で押さえて、言った。


「確認しています。しばらく待ってください」


 赤鉄アカムは少し笑って、首を細かく上下させた。


「やっぱり約束まもる気なかったんだ。まあ、いいけどさ」


 吉田の脇腹を冷たい汗が流れおちた。


 すぐにディレクターの携帯端末が鳴った。携帯端末を耳につけたまま、ディレクターが言った。


「問題ありません。ちゃんと放送されます」


 たぶん電波が絞り込まれると思われたが、吉田は、あえて言わなかった。赤鉄アカムもわかっているだろう。それに、どっちにしろインターネットですぐに拡散する。放送範囲の限定など付焼刃的な対処でしかない。


「さあ、吉田さん――でしたっけ。座ってください」


 赤鉄アカムが、右手で茶色いベンチソファを示す。


 ソファに座ると、婦警と向き合うかたちになった。吉田は控えめに目をやった。


 ふたりとも、ファッションモデルかグラビアアイドルのような美人で、制服を着ていなければ警察官とは思えないだろう。猿ぐつわを噛まされて、うしろ手に縛られ、俗にいうM字開脚のかっこうで脚を固定されている。ふとももにきつく縄がくいこみ、下着がまる見えだ。


 吉田は、ふたりの屈辱を思って目を反らした。


「制服を着たままっていうのが、いいでしょ?」


 赤鉄アカムは、どこから取り出したのか、縄をもてあそんでいる。


「逮捕縄っていうそうです。彼女たちが教えてくれました。縛り方はまあ、DVDでね。――さあ、生放送をはじめましょう」


 吉田はディレクターに目配せをした。ディレクターがうなずく。カメラ上部のライトが赤く点灯して撮影開始を告げる。ディレクターがQサインを出す。


 吉田は映像を待っているはずのスタジオに呼びかけた。


「こちら、レポーターの吉田です。スタジオ、届いていますか?」


 ソファー横の液晶TVに吉田の顔が大映しになる。赤鉄アカムは画面に見入っている。


「いま私は、町田警察署の中にいます。二重に取り囲む警察と特殊部隊の包囲の内側からのレポートです。驚くべきことに、いま、私のとなりには今回の町田警察署占拠事件の犯人――」


 犯人、と思わず言って、吉田は赤鉄アカムを見た。その横顔に動きはなく、意に介している素振りはない。


 吉田は続けた。


「――が座っています。彼は声明を出すために取材陣の立ち入りを要求し、警察が要求をのみました。どんな放送になるか分かりませんが、国民のみなさまに現場の状況を正確にお伝えできるよう、スタッフとともに全力で――」


「カメラさん、こっち映して!」


 いつのまにか婦警のうしろに移動していた赤鉄アカムが言った。音声担当が付けたピンマイクは、すでにオンになっているようだ。


「ほら、早く!」


 躊躇するカメラマンを赤鉄アカムがうながす。


「いや、でもさすがに――あれ? ちょっと――なんで!?」


 カメラマンが困惑した声をあげた。


 カメラが動き、制服姿の美人婦警ふたりが、じりじりと画面に入ってくる。下着が全国にさらされる。


「く、う……っ……」


 カメラマンの額に汗が光っている。必死に、なにかに抵抗しているようだ。婦警は猿ぐつわの端から涎を垂らして、ぶるぶるとふるえだした。


「こんばんは、たぶん関東一円くらいのみなさん。はじめまして、赤鉄アカムといいます」


 吉田は、赤鉄アカムが自分から本名を名乗ったことに驚いた。声明を出すというのだから当然かもしれないが、もし吉田なら偽名くらい使う。


 赤鉄アカムが、ご機嫌で続ける。


「本当は全国のみなさんにご挨拶したかったんですけど、警察とかそういう人たちの意地悪で、きっとスカイツリーの電波が届くところにしか放送されてないと思います。でもまあ、仕方ない。それはあきらめます。


 さてさて、そんなことは置いておいて、まずはみなさんに俺からサービスです。とくに大きなお友達に、うれしい映像をお届けしますよ。


 はい、カメラさん、いい感じにフレーム切って!」


 カメラが婦警ふたりの全身を画面にとらえる。フォーカスリングを操作するカメラマンの指が震えている。


 赤鉄アカムはセリフを読むように、大仰に言った。


「なんと、こちらの麗しき婦警おふたり――」


 婦警の顔が、じりじりとカメラのほうを向き、かたくつむった目が開いていく。きっと、婦警の意思ではあるまい。


「事件発生以来、1度もトイレに行っていません。よって、ふたりのかわいい膀胱たんはぁ――」


 ふたりを抱きかかえるように腕を伸ばして、下腹部を撫でさする。婦警の顔が苦痛にゆがむ。


「いけないおしっこで、いっぱいでぇぇぇす!」


 ここへきて吉田にも、たぶん画面の前の視聴者にも、赤鉄アカムがなにをやろうとしているか分かった。――なぜ、そんなことをするのかは、まるで理解できないが。


「素人の、美人婦警の、M字開脚パン見せからの――」


 赤鉄アカムは目を見ひらいて、両の拳を婦警の下腹にめり込ませた。吉田には婦警たちのうめき声が聞こえた。


「失禁でぇぇぇす!」


 婦警の下着にかすかな染みが生まれ、1秒もしないうちに大きく広がると、黄色い液体が溢れだした。


「「んんんんんぉぉぉぉぉ~~!」」


 猿ぐつわごしの叫びがホールに響きわたる。


 長時間の膀胱の痛みと尿意の我慢から解放されて、全身の緊張が解けたのだろう。ふたりの顔に恍惚ともとれる表情が浮かんだ。とめどなく溢れる小便が音をたてて床を濡らす。


(なんて奴だ)


 吉田は怒りのあまり赤鉄アカムを睨みつけた。


「へんな画像をはさむんじゃねえぞ」


 静かな声だった。赤鉄アカムは、それぞれの手で両方の婦警の首をつかんだ。肉に五指がくい込む。婦警の顔が紫に染まり、喉がひぅひぅと鳴った。


「放送を止めたら、こいつらを殺す」


 婦警たちは小便をもらしながら、鬱血状態で泡を吹きはじめた。


「ス、スタジオ、頼むぞ」


 吉田は夢中で言った。


 ふたりのひらき切った瞳孔は瞼にもぐりこむ寸前で痙攣し、涙と鼻水が猿ぐつわを濡らして、顎から涎が糸を引く。かぼそい呼吸音が、高く、せわしなく続いている。


 ふたりは、ついにソファからずり落ちて、小便の中にあおむけに倒れた。M字開脚のまま、全身を痙攣させている。


 あまりのことに吉田は目眩がした。いま自分になにができるか、なんとか考えようとするが、うまくいかない。


「みなさん、楽しんでいただけましたか? では、はじめますか」


 しゃべりながら赤いソファに移動した赤鉄アカムをカメラが追う。


 美人婦警の小便と汗の臭いが充満する町田警察署正面ホールで、悪の魔王・赤鉄アカムの声明発表がはじまった。

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