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吉田がヘリコプターを降りると、スーツ姿の男が待っていた。男は吉田たちクルーを引き連れて、包囲陣の一角にあるマイクロバスに向かった。
他のクルーを外に待たせて、吉田とディレクターがマイクロバスに入る。車内にはディスプレイが並び、さまざまな機材がぎっしりと詰め込まれている。
ふたりは奥の机に通された。そこに眼鏡をかけた目つきの鋭い男がいた。
中肉中背で肩幅が広く、首が太い。濃紺のスーツを着こなしており、ひと目で社会的地位の高い人間だと知れる。顔は凹凸が少なく能面のようで、白髪まじりの頭髪は上部が薄く、わずかに残った頭髪が、ひよこのようにふわふわしている。
「はじめまして、警視庁の新野です。ここの責任者です。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
吉田は、新野が差し出した右手をにぎった。がっちりとにぎる欧米人のような握手だ。
(仕草といい握手といい、長く外国に住んでいたのだろう)と、吉田は思った。
「はじめまして。フリーランスでレポーターをしている吉田といいます」
ディレクターも挨拶をする。新野が、ふたりにパイプ椅子をすすめた。新野は、さっさと腰かけると、ふたりが座りきる前に話しだした。
「時間がありませんので手短に失礼します。犯人がTV局を通じて声明を出したいと要求してきました。時間を切ってきています。みなさんは15分後に現場に向かってください」
「ちょ、ちょっと待ってください」
突然の一方的な話しぶりに驚いて、吉田はさえぎった。
「協力はやぶさかでないですが、いくつか質問させてください」
新野は不意を突かれたように吉田を見ると、パイプ椅子に寄りかかって不機嫌そうに先をうながした。
吉田が続ける。
「まず、警察が犯人の要求を受け入れた理由をお聞かせ願いたい。人質を取られているといっても、マスコミを通じて声明を出すことまで許すなんて普通ではありません」
「それに関しては我々も痛恨の極みですが――」
新野は鼻から息を吸い、吐いた。
「率直にいえば、現時点で我々は犯人に対して無力であることが分かりました。手を尽くしましたが対抗できない。多数の殉職者を出しました。そこに犯人側から要求がきた。我々はこの機会をいかしたい」
「無力って、それはどういう……」
「銃弾がきかない。狙撃ライフルが通じない。接近することもできない。もてあそぶように5人の隊員が殺されました」
吉田は言葉をうしなった。
「――僕らを、そんな危険なところに行かせるつもりですか?」と、ディレクターが言った。
「犯人は取材陣の安全を保障しています。我々も全力でバックアップします」
吉田はディレクターと顔を見合わせた。
(無力だといっておきながらバックアップするって――まるで安心できないじゃないか)
「もし、要求に応じなければどうなるのです。犯人は、どうすると?」
「町田警察署から半径10キロ以内の人間を殺す、といっています」
「……それを鵜呑みにするのですか?」
「鵜呑みにせざるを得ない経験をしました」
「……すこし、考えさせてください」
「急いでください。あと10分だ」
吉田とディレクターはマイクロバスから出て、クルーに事情を説明した。空を飛び、銃弾がきかない、という情報にクルーは苦笑したが、真剣な表情をくずさない吉田の様子から状況を察したようだった。
「冗談じゃないですよ。なんで民間人が、そんなリスクを取らないといけないんですか」と、カメラマンが言った。
たしかに割に合わない仕事だ。しかし、これがチャンスであることも、TVマンとして吉田には否定できない。
普段、外側から伝えるだけの報道関係者にとって、事態の渦中に当事者として参加することには抗しがたい魅力がある。犯人からの直接指名や、警察の嘆願も虚栄心をくすぐる。
「あとで豪勢な食事ができるくらいのボーナスは用意してもらおう」
吉田の言葉にクルーたちが頷く。
吉田はTV局に電話して、プロデューサーに手短に事情をはなした。プロデューサーは、クルー全員に特別手当の支給を即答した。高給取りの局員にとっても魅力的な額だった。クルーたちは条件をのんだ。
吉田とディレクターが車内にもどり、新野に受諾の旨を伝えたときには20分が経過していた。
新野は吉田の返答を聞くと深々と頭を下げて、薄くなった頭頂をさらした。




