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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
第3章 敵手相合 1節 町田警察署の戦い3
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 吉田を乗せたヘリコプターが着陸態勢に入った頃、町田警察署包囲陣を指揮する警視庁警備部部長の新野勝己は、部下にあたっていた。


「お前はセンスないなぁ。そんな報告じゃあ、1回で内容を把握できないだろ?」と、せせら笑う。


 飲みにいけば自慢話ばかり。機嫌次第で反応がかわり、虫の居所が悪ければ怒鳴り、ながながと嫌味をいう。当然、部下からの評判はすこぶる悪いのだが、一方で、上層部は新野を篤く支持している。論理思考に裏打ちされた瞬発的な判断力と、強引で感情的ながら組織全体の能力を最大限に発揮する内部施策を買っているのだ。部下にとっては、上層部によるパワハラ上司支持など迷惑この上ないわけだが。


「次からは自分なりに整理して持ってきてくれるか、な?」


 左の口角をぴくりと上げて、新野は説教を終えた。


 自分の言葉の嫌味たっぷりなニュアンスにも、部下の目が死んでいることにも、新野は気づかない。たしかに正しいし勉強にはなるけど、ほかに言い方があるよな――というのが、新野に教育された部下たちの言だ。


 敬礼して去る部下を満足そうに見送って、新野は眼鏡を手元用から普段用にかけかえた。


 今日の午後、警視庁に急遽設置された対策本部の手配で、もうすぐここにTV局クルーの一団が到着する。そのチームは、ひと通りの放送機材を持っており、即時に撮影・放送が可能ということだ。新野には、クルーを町田警察署内部に送りとどけるよう指示があった。


(腰抜けどもめ)


 対策本部は赤鉄アカムの要求をのむ決定を下したのだ。


 立てこもり犯の要求を通すなど異例中の異例であり、警察権力として屈辱以外のなにものでもない。新野にとっても受け入れがたい指示だった。しかし、組織はヒエラルキーを保ってこそ最大限にはたらく、と考える新野には従うよりほかに選択肢がない。


 また、対策本部を腰抜けと揶揄しつつも、この決定を仕方なしと思わざるを得ない理由もある。武力で赤鉄アカムに歯が立たないのだ。新野は現場到着からの経緯を頭の中で振り返った。



   ◆◆◆



 半壊状態の町田警察署を包囲した機動隊の前に、赤鉄アカムは堂々と姿をあらわした。そして、現場に入ってきて邪魔な負傷者を持っていってくれ、とだけ言って、中に戻った。現場は騒然となった。


 新野は即座に判断し、3チームの突入部隊を編成して踏み込ませた。突入部隊が正面ホールに入る様子を、新野は隊員のヘルメットカメラの映像で見ていた。


 赤鉄アカムは、赤いソファに座って缶コーヒーを飲んでいた。かたわらの2人掛けの黒いソファに、制服姿の婦警がふたり、逮捕縄で拘束されて座っている。


 部隊は10メートルの距離をとってジュラルミンの盾で取り囲んだ。赤鉄アカムは動揺を見せることなく缶コーヒーを飲みつづける。


 動きがないので、新野は負傷者救助の指示を出した。散開した2部隊が崩落した建物のあちこちで、うずくまったり倒れたりしている負傷者を運び出す。


 このときに17名の重軽傷者が救助され、12名の死者が発見された。死者の中には、新野の同期である署長の白谷と2年後輩の船井がいた。


 赤鉄アカムは、婦警ふたりに、なにやら話しかけるばかりだ。婦警は猿ぐつわを噛まされており、赤鉄アカムだけが一方的にしゃべっている。不思議なことに声や音は聞こえず無声映画のようだった。


 メインホール以外の負傷者と遺体の搬出を一般警察部隊にまかせ、機動隊と特殊急襲部隊〈SAT〉が本格的にソファセットを取り囲んだ。新野も前線に立った。


 日が落ちて照明が運び込まれたが、3台の大型照明のうち1台を残して、2台が点灯と同時に破裂した。


 犯人が爆発物を所持している可能性が高いので、新野は慎重にことを運んだ。拡声器での呼びかけに赤鉄アカムは無反応で、膠着状態が続く。


 そのうち、婦警ふたりの様子がおかしくなってきた。むずかるように体を動かし、額に脂汗を浮かべている。赤鉄アカムは婦警の腹をさすっては大笑する。あいかわらず声は聞こえない。ソファセットの周囲を歩き回り、どうみても手ぶらで、ときおり婦警の体をさわる。


 衆人環視の前で、なんという破廉恥な男か。相応の見返りをくれてやる。と、娘が3人いる新野は怒りをたぎらせた。


 その機会は、すぐにおとずれた。赤鉄アカムがソファセットから離れて立ち小便をはじめたのだ。


 新野は即座に決行を判断し、くずれたホールを望む2階の斜め後方で待機中のSATの狙撃隊員に発砲を指示した。


 射手は2人。建物右奥上部の2か所で小さな火花が閃いた。狙撃は各2連射おこなわれ、タイミングを合わせて突撃部隊が自動小銃を構えて突入した。


 タタ、タタ、と射撃音が連続する中、赤鉄アカムは、なにごともなく立ち小便をしている。着弾した様子もない。


 狙撃に失敗したのか。あの距離でSATの狙撃手が? と、新野は訝しんだ。


 突撃部隊はといえば、ソファ目前で見えない壁にぶつかっているかのように脚を空転させている。危険を感じた新野が突撃部隊に撤退を命じたときには手遅れだった。


 赤鉄アカムが、うしろ手に手を振った。


 動きを阻まれていた隊員たちが赤い飛沫になって吹き飛んだ。狙撃隊員とは連絡が取れなくなった。


 赤鉄アカムが新野を真っ直ぐに見た。新野は照明の真下にいたので、赤鉄アカムの位置からは眩しくて目視できないはずだったが、視線に揺らぎはない。


 そして新野の耳元で男の声が、いま空を飛んでいるTV局を呼べ、と言ったのだった。

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