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「私はいま、町田警察署の上空にいます。半壊した町田警察署と、そこを取り囲む機動隊の様子が見えます。警察署が機動隊の照明で夕暮れの街に浮かびあがっています。装甲車まで出動していて、まるで戦場のようです」
吉田和志は、CXTVの取材用ヘリコプターから半身を乗り出して実況を開始した。ローターの風切り音に負けないように大きくはっきりと発話する。
「警察署を破壊したのは、たったひとりの男で、男はいまも警察署に立てこもっています。婦警ふたりを人質にしており、機動隊も手をだせない状況のようです。
専門家によると、これだけの破壊をもたらすには事前に建物の要所に爆薬をしかける必要があるそうです。爆薬の知識をもち、警察署に自由に出入りできる、警察関係者の犯行の可能性が高い、とのことでした」
半壊した警察署のショッキングな映像につづいて、整列した機動隊や車両をカメラがなめていく。モニターの映像に合わせて、吉田はレポートを続ける。
「機動隊の包囲の外側に数台の救急車が見えます。建物の倒壊による負傷者が、つぎつぎに運び出されています。なかには銃弾で怪我を負った方もいらっしゃるとのことです」
カメラが、吉田の日に焼けた端整な顔を画面中央にとらえる。
「CXTVが独自に入手した情報によりますと、男は空中を自在に移動するとのことです。警察署から脱出した職員の証言です。
専門家に確認したところ、現在そのようなことを可能にする兵器は知られていないが、素人が見たときに超常的な現象と誤解するような特殊な兵器が存在する可能性はあるとのことです。また、もしそのような兵器が使用されたなら、背後に大きな軍事組織もしくはテロ組織がいる可能性が高いとのことです。
上空から見たところ、警察署は完全に包囲されており、犯人検挙が待たれますが、関係各庁は是非、油断せず慎重にことに当たっていただきたいと思います。人質が心配です。
以上、町田警察署上空より、吉田和志がお送りしました」
ヘルメットからのびるインカムマイクを右手で押さえながら、吉田はレポートを締めくくった。斜め前にすわるディレクターがOKサインを出して放送が終了する。
(――上々だ)
キャビンスライドドアを閉め、春先とはいえ、まだ冷たい夜風を機内から締めだして、吉田は背もたれに寄りかかった。
(馬鹿らしい。なにが空中を自在に移動だよ。掃除のおばちゃんの戯言を全国に報道しちまった)
吉田は元CXTVアナウンサーである。2年前に退社してフリーランスになり、いまはスポーツキャスターとして活動している。多くの一流選手と交流があり、選手の本音に肉薄したレポートが好評を得て、TVへの露出も多い。
それがどうして報道レポーターのようなことをしているかというと、今日たまたま局にいたら、町田警察署で事件が起きたからヘリに乗って欲しい、といわれたのだ。
機動隊の包囲にともなう規制で地上から警察署に近づけないためヘリコプターを飛ばすことになったのだが、運の悪いことにアナウンサーが全員出払っていた。そこで、局アナ時代に報道経験がある吉田に白羽の矢が立った、というわけだった。
吉田はヘルメットを脱いだ。
「もういいだろ、局に戻ろう!」
ローターの爆音に負けないよう大声でディレクターに伝える。ディレクターは軽く右手をあげて了解の旨を示したが、ふいに表情をかためるとヘッドセットを押さえて聞き入った。
(おいおい……やめてくれよ)
ディレクターは大きくうなづき、吉田に向きなおって、言った。
「このまま着陸するよ!」
「ええ!?」
ディレクターが自分のヘッドセットを、とんとんと叩く。吉田はヘルメットを被りなおした。内蔵ヘッドホンからディレクターの声が聞こえる。
「取材をつづけるから、よろしく」
「なんでだよ。俯瞰レポートだけってはなしだったろ」
「事情が変わったの。犯人の声明を撮影するから」
「なんだそれ。まさか犯人の要求じゃないよな!?」
「警視庁の要請だってさ。吉田ちゃん、これはスクープだよ!」
(――マジかよ)
局の連中は大はしゃぎだろう。吉田にとってもチャンスかもしれない。しかし、あきらかに異常事態だ。警察が立てこもり犯の要求に応じて取材クルーを現場に入れるなど、聞いたこともない。
吉田は右手で顔を撫でた。
「この残業、いやな予感しかしないんだが」
吉田の言葉に、ディレクターは、ぐっと親指を立てて見せた。




