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「殺してやる殺してやる殺してやる」
うずまく怨念をそのまま口に出す。
「死ね死ね死ね死ね死ね」
こうすると気持ちが落ちつくような気がする。なんの工夫もない罵倒を声にして、それを自分の耳で聞くと、あまりにも馬鹿らしくて客観的になってくるのだ、きっと。
(今回は少し大変そうだし、ずいぶん頭にくるけど、これまでだって何度もピンチにおちいって、それでも、みんなと同じように生きてきた。冷静に対処すれば、きっと乗り越えられるはずだ)
警官に取りおさえられて押し問答がつづき、そのうちに外が暗くなって、アカムは留置場に拘留された。
留置場は予想より清潔だったが、居心地のよい場所ではなかった。壁や天井に、淀んだ気配がうすら寒く堆積していて不気味だった。
いまアカムは、簡易ベッドの潰れた布団にくるまっている。寝ようと努力しているのだが、灰色の天井に次から次へと不快なイメージが浮かんできて、うまくいかない。
手渡された押収品リストには、アカムの部屋のあらゆるものが書いてあった。生活必需品も、思い出の品も、そっと楽しんでいた人に見られたくないものも、紙の上に無表情に並んでいた。リストを読みすすむにつれ、自分が容疑者として逮捕されたことが、ひしひしと実感された。
船井刑事は、アカムがリストを読んでいるあいだも話しかけてきた。
「このフィギュアというのは、あれですかな。アニメとか漫画の? あたしは、あまりねえ、そういうのには興味ないので分からないのですが、ずいぶん女性のフィギュアが多いんですねえ……ふむ」
「『ふむ』じゃねえよ。なにを持ってようが俺の勝手だろ!」
いまさら言いかえしても、聞いているのは暗闇ばかりだ。
船井はさらに続けた。
「これは不適切な感じがしますが? ん? まあ調べれば、すぐにわかりますけどね。まあ、うん、フィギュアの親戚のようなものですかな?」
「死ね――死ね死ね死ね!」
こうしてまた、死ね死ね殺すのループがはじまり、アカムは眠ることができない。
(俺の部屋はどうなったんだ? 否、あらためて問わずとも、明らかじゃないか。捜査員が何人も踏み込んで、荒らされて、家具以外なにもなくなっているんだろ)
ベッドと棚だけの四角い空間を、アカムは思い浮かべた。
(ものは返してもらえるだろうか。ちゃんと、もとの状態にもどしてくれるだろうか)
「――んなわけないよな」
昼間、返却の可否を船井に確認したが、返事はあいまいだった。事件に関係するものは証拠品として押収される可能性が高い、と言われた。
警察署から出ても、待つのは何もなくなった部屋だ。空き巣のほうが、まだかわいい。空き巣は、部屋を荒らして金目のものを盗んでいくだけだ。部屋の中のありとあらゆるものを持って行ったりしない。
船井はアカムの怒りを煽るように、あれこれ細かいことをきいてきた。
「赤鉄さん、赤鉄さん。この金属製のポットというのはなんですかな。用途不明とありますが? はあ、ランプ。ランプとは夜に光る、あの? でもポットと……ほおほお、ああ、なるほどお土産。アラジンと魔法のランプのね。ロマンチックですねえ。アラビアの魔法の品物ですかいねえ。
それにしても、ふむ。子供のころにアラビアとは、ずいぶんとまあ余裕のあるご家庭ですねえ。はっきりと申し上げてしまえば、お金持ちだったのですねえ。羨ましいかぎりですなあ。
あたしなんて、はじめて飛行機に乗ったのは28のときで、機内に入るときに靴を脱いでスチュワーデスさんに注意されて恥ずかしい思いをしましたよ」
船井は、たまらんとばかりに大笑した。
そのランプは、ドバイの古物商の棚に飾ってあったものだ。美しい金色の魔法のランプがどうしても欲しくて、両親にねだって買ってもらった。
(あの旅行――)
アカムは、ふいに眩暈を感じた。いまの状況をはなれて意識が深い場所におちる。しかし、それも一瞬、すぐに意識は浮上してきた。
(子供のころ、たしかにドバイには行ったけど――よく覚えてないな)
また、頭の中で船井がしゃべり出した。
「それで、赤鉄さん。あなた、おいくつでしたっけ? ふむ、まあ少なくとも、シルバーじゃあないねえ。そうでしょう? それじゃあ、どうしてシルバーカードなんて持っているのですか」
船井は、リストの〈財布(色:茶)〉の内容物リストにある〈シルバーカード〉を指した。
シルバーカードとは、65歳以上の老人が町田市内の公共機関や公共交通機関で優遇を受けられるカードだ。当然、65歳以上の町田市民に支給される。
「この財布、赤鉄さんのものじゃあないですねえ」
船井の、すこし顎を引いた、あの視線――。
「わかってやってるだろうが! 決めつけて、きくだけきいて、なにを言っても信じようとしない! あんた達は、なにがしたいんだ!? 俺は、俺は――」
アカムは、なかなか寝つけない。




