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吉田和志は自宅の書斎でPCのモニターを見つめていた。画面の中では黒いジャージを着た男が、なにやら叫びながら赤鉄アカムの死体を蹴っている。
この画像は、赤鉄アカムのマンションに設置していた監視カメラの映像だ。事件の当日、白金のHDDからインターネットを通じて吸い上げた。HDDへのアクセスは、それきり、できなくなった。
書斎の扉がひらく。
「まさか、徹夜ー? あんまり無理しないでね。朝ご飯できたわよー」
それだけ言って、妻は娘を呼びながらリビリングにもどっていった。食器の鳴る音がきこえる。
モニターの電源を切って、吉田は書斎を出た。
3日前、23区南部が、なにものかの攻撃を受けた。巨大な赤い光の柱と発光現象が観測され、白金を中心に広範囲が壊滅した。直後に、地球のほぼ全域で大規模な地震が起きた。特異な現象は数分だったが、大気の異常は続き、2次災害に、いまも世界中が苦しんでいる。
赤鉄アカムがどこかへ出掛けた翌日の、あの日。吉田は友人と新宿で飲んでいた。槇則医師に現場を任せて息抜きのつもりだった。
高層ビル上階の居酒屋で飲んでいるとき地震が起きて、窓から赤い光が見えた。そして、言いようのない重苦しさが襲ってきて、しばらく涙を流した。
すぐに帰宅しようとしたが、電車が止まっていたので、吉田は友人とふたりで徒歩で帰宅した。
食事が終わって、吉田は書斎にもどって、壁からジャケットを取った。PCが起動しっぱなしであることに気づいて、シャットダウンのためにモニターの電源を入れる。赤鉄アカムとうりの死体を携帯端末で撮影する男の静止画があらわれた。
多くの国民、否、世界中の人々にとって、この男・白谷秋夫は英雄であった。各メディアやインターネットで、赤鉄アカムから世界を救った、と、連日もてはやされている。
事件後、白谷秋夫は陸上自衛隊に保護された。監視カメラに映っていたときの黄色いカラーコンタクトを外し、小綺麗なTシャツとジーンズ姿で、白谷秋夫はメディアに登場した。
「殺すつもりはなかッたンだ。けど、ふたりは、俺を邪魔した。赤鉄アカムのツレだったンだよ。仕方なかったンだ」
そう言って、涙ぐんで見せた。専門家が、凶器であるブラックジャックの殺傷性を指摘したが、大衆に届くはずもない。
「オレぁ、たしかに人を殺しちまッたけど、みんなを守ろうとしてやッたッてことだけ、わかッてくれ。ムショ行けッてンなら、行くからよ」
状況が明らかになるにつれて、槇則医師と岩瀬看護師を殺害したことが分かったが、地球を破壊しようとした赤鉄アカムを止めたという強烈な行動がその罪をかすませた。白谷秋夫が、赤鉄アカムに殺された町田警察署署長の長男であることも正義の裏付けとなった。人々は白谷秋夫の無罪を求めた。
吉田は動画を焼いたDVDを取り出し、ケースにしまって鞄に入れた。これから、DVDを持ってTV局に行くつもりだ。知り合いのディレクターにかけあって、白谷秋夫の正体を暴く。もし断られたら、インターネットを利用する。
赤鉄アカムは、あまりにも多くの人間を殺した。不死の病の少女のために死んだとしても贖罪になどなりはしない。だが吉田は白谷秋夫を許せない。赤鉄アカムのためでも、袴田うりのためでもなく、ただ、この男が許せない。その思いで吉田は動く。
(――本当にそうか?)
鞄の中でDVDケースを握ったまま、吉田は自問した。
(女の子たちを赤鉄アカムに献上して、金をもらって、それが後ろめたくて、こんなことをしようとしているんじゃないのか?)
帝国ホテルロビーのソファに座って微笑む、袴田うりが心に浮かんだ。袴田うりの遺体は自衛隊が回収して、防衛医大に安置されている。そのことを、吉田はアメリア・リードからの手紙で知った。
手紙にはこうあった。
「わたしは米国の指示で袴田うりの研究に参加しています。彼女は完全に死んでいますが、死体は腐らず、子を宿しています」
アメリア・リードは義理がたい性格らしかった。それとも、吉田と連絡をとるメリットが彼女にあるのだろうか。
(赤鉄アカムから出た光る玉が袴田うりの中に入った。そして、子を宿した。うりちゃん、それが君の役割だったのかい?)
吉田が矢面に立つ事態になったら、赤鉄アカムへの奉仕が表沙汰になって社会的に抹殺されるだろう。白谷秋夫に負ければ、この世界に居場所がなくなるかもしれない。
鞄には離婚届けが入っていた。
(うりちゃん、君は世界と俺の家族を救った。俺は君の騎士じゃない。けれど――)
「パパー!」
娘が呼んでいる。吉田はバッグのジッパーを閉めて、書斎を出た。




