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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
           2節 世界の行く末
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「なんで、あたしたちばっかり、こんな目にあうのよ!」


 ダブルベッドの向こうで、井上ひまりがぼやいた。


「しかも、いいときにばっかり……もう! 寒い! 閉めてよ!」


 テラスでは、山本陸が目と耳を澄ましている。


 ふたりがいるグランドプリンス高輪から北東方向が赤く燃えていた。黒煙が、沈みかけた太陽と炎に照らされている。


「も、もう戦いは、お、終わったみたいだぞ」


 陸の歯の根が合わない。7月だというのに、あまりにも寒い。ついさっきまで風に雪が舞っていたほどだ。


 陸はテラスから乗り出して地上を確認した。大変な人混みだ。あちこちのビルから人が溢れて、駅に向かって押し合いへし合いの牛歩状態である。


「こ、こりゃあ、いま、出てっても、ど、どうしようも、な、ないぞ」


 両手で頬をこすりながら部屋にもどる。そのままベッドに潜り込んで暖まった。ひまりは不機嫌顔だ。


「お湯出るかな? 風呂に入りたい」


「ずっと外にいるからでしょ。見てくる」


 ひまりは、ぶちぶち言いながらも、立ち上がってバスルームに向かった。


 昼に羽田に着き、ようやく落ち着いたばかりだ。縫った肩の傷はまだ動くたびに痛む。


 湯の落ちる音がしはじめた。戻ってきた、ひまりの唇がとがっている。陸は無言で掛け布団を持ちあげた。ひまりは布団に滑り込んで、しっかりと抱きついてきた。


 突然、空気が震えた。腹が重苦しさでいっぱいになる。不安と悲しみが胸を突き上げ、有無を言わさず目頭が熱くなる。涙が溢れて頬をつたい、顎から滴たった。


「う……え~ん」


 ひまりが子供のように泣きだした。陸も嗚咽を漏らす。押さえようとしても、押さえられない。


「なんだ、これは? あっ!」


 いつの間にか、世界が真っ赤になっていた。黒板を爪で引っ掻く、あの我慢ならない擦過音が、唸るような低音に乗ってやってくる。


 体の芯から震えが起こって、陸は、知らず血が出るほど腕を掻きむしった。ひまりが悲鳴を上げた。


 ひまりを楽なほうの手でくるんだ途端、世界が回転した。背中を打ち、頬に感じる感触で絨毯に落ちたとわかる。陸は、肩の傷の痛みに悲鳴を上げた。


「大丈夫!?」


「くそう!」


 顔を上げて涙をぬぐう。


(いちばん安全な場所はどこだ? 壁に囲まれてるところ――トイレか? ベッドの下は? 廊下に出るか? どうすれば守れる?)


 ひまりが背中に爪を立てている。顔の右半分が異様に熱い。陸は上半身を起こして窓を見た。


「なんだ、ありゃあ!?」


 街のど真ん中に巨大な赤い柱がある。科学映像で見る太陽のプロミネンス――あれを直立させた感じだ。さっき爆発が起こっていた場所から立ち上がって、空に突き刺さっている。


「空が焼けてる……」


 腫れ上がった目で柱を見つめながら、ひまりが言った。


 空の、柱に近いあたりは白に近い朱色で、離れるにつれて濃くなり、地平線近くは血のように赤黒い。向こうの地面が青白く光っている。空の異様もさることながら、あんな風にオーロラみたいに地面が光るのを、陸ははじめて見た。


 ひまりと抱き合ったままテラスに出る。焚き火のそばにいるような熱気だ。下を見ると、人が地面に伏せている。車が、あちこちを向いて止まり、電柱や高い建物が揺れている。細い煙が幾筋も見える。


「あ、あれ……光? こわい」


 ひまりが指すほうを見ると、テラスから水平10メートルほどの空中に光が浮いていた。それは細かい放電光を放ち、揺らぎ、明滅し、数秒で消えた。


 それをかわきりに、ホテルの14階から見渡す限り、遠く近く、光球が現われては消える現象が連鎖した。現象は次第に激化し、空間に光が満ちた。呼応するように赤い柱の輝きが増して、大地から轟低音が沸き上がってくる。魂まで脅かされるようで、ふたりは溜まらずテラスにしゃがみ込んだ。


「ひまり、ひまり……あっ!」


 テラスが大きく揺れて、いきなり、床がなくなった。下腹が冷たくなり、体を打ちつけられて息が止まる。


「……大丈夫……か?」


 陸の問いかけに、ひまりがうなずく。下階のどこかが潰れたのだろう。14階がフロアごと落下したようだ。


「外に落ちなくて、よかった。立てるか? ここを出よう」


 陸はTシャツとジーンズを身につけ、携帯端末と財布、時計をサイドバッグにつっこんだ。ひまりも服を着てワンショルダーに貴重品を詰め込んでいる。


「いつ崩れてもおかしくない。急ごう」


(階段は、どうなってるだろう?)


 下階が崩れたとして、通れるのだろうか。


(でも、行くしかないよな)


 陸は、ひまりを連れて廊下に出た。


 目の前をガウン姿の白人男性が走り抜けていく。男の行く先へ目をやると、ボーイが手を振って誘導している。廊下は非常灯のみで、暗い。エレベータが止まっているらしく、非常階段が混雑して、つまっている。


 外国語の怒号が飛び交うなか、みんな、泣いている。誘導のボーイまで泣いている。異様な光景だった。


「ねえ、私たち、大丈夫かな?」


 陸の腕にひっついて、ひまりが不安そうに言った。


「冷静に素早く行動しよう。それしかない」


 小さな顎が、こくりとうなずいた。


 また、揺れがきた。悲鳴が廊下を駆け抜け、後ろからの圧縮がひどくなる。


(いまは耐えるしかない。なんとしてでも、守り抜く)と、陸は思った。

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