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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
           2節 世界の行く末
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 アカムは、うりのそばに座り込んだ。


「なんだこれ……なんだこれ……」


 残酷な蹂躙の痕。首が無残に裂けて大量に出血している。苺模様の白いパジャマが真っ赤だ。上半身は胸が剥き出しで、下半身には、なにも履いていない。


「なんだよ、なにが起きたんだよ……」


 血糊で張りついた前髪をどける。


「生きてるんだろ? なあ?」


 板のように動かない胸に右耳を当てる。胸は柔らかく温かかったが、心音はない。


 アカムは、うりの全身を確認した。体のあちこちに赤黒い鬱血があった。太腿の内側に血の流れたあとがある。


「畜生。誰だ……」


 隣の部屋で死んでいた槇則医師と岩瀬看護師の様子を見ても、おぞましいことが起こったのは明らかだった。うりは巻き込まれたのか、それとも目的か。米国人どもか。否、うりを赤鉄アカムの大切なものと知って、ここを赤鉄アカムの家と知って、やる奴がいるとは思えない。


「こいつが、なにしたってんだ!」


 背光が部屋を真っ白に染める。頭頂から吹き出した闇が光に弾かれて、血飛沫のように天井と壁に飛び散った。


「き、聞いてんのかああぁぁ……ぐあああぁぁ……!」


 角が現れては消える。黒い体毛が見え隠れし、貌が人と獣を行き来する。


「こんなの……こんなこと……許さねえぞ……」


 腹が激しく波打ち、下腹に生じた光が蠕動ぜんどうのたびに体を昇る。


「命は命で――」


 かがみ込んで、うりの顔を正面から見た。


「俺の中に全てがある。俺にないものは、どこにもない――」


 血で汚れた小さな唇に自分の唇を重ねる。光の珠が口移しに、うりの中へ入っていく。


(そう言ったよな、ジンイエ〈金夜〉。俺の命を使えば、うりを救える。そういう意味だよな。これでいいんだよな)


 アカムは、手足から急速に力が失われていくのを感じた。


「……眼を……あけてくれ。……俺、もう死ぬから……その前に……はなしをしよう、な?」


 うりは動かない。


「うり……」


 額に手を当て、瞼をあける。


「うり……」


 頬を叩いてみる。


「そんな、なんでだよ……どうして……」


 涙が、うりの顔に落ち、惨劇の血を洗い流した。


「ごめんよ……酷いよな、あんまりだよな。こんなの、許せねえよな……いらねえよな……こんな世界、なあ?」


 体を重ね、強く抱く。ふたりの体から光と闇が溢れ出す。


「一緒にやろう。こんな世界、壊してやろう」


 アカムは目を閉じた。まるで心臓が打つように空間が揺れはじめる。


 アカムとうりを中心に、透明な波が広がっていく。波は、すべての物質を通過し、白金を、東京を、日本を、世界を、人々の心を震わせた。


 風が吹き、海が荒れ、地殻が揺れる。


「あ……ぐうぅ……暴れろ……壊れろ……終われ……終わってしまえ……!」


 アカムの右肩が膨れ上がり、腕が伸びて、地面に突き刺さった。


「あああああ!」


 闇が勢いを増し、頭頂から活火山の噴煙のように噴き上がった。右半身が、まず黒山羊へ変貌し、あとからあとから、不気味な生き物のかたちに移り変わる。


 天井に溜まった闇が、ついに建物を破壊し、黒く太い柱となって空へ駆け上がった。


 黒煙は、そのまま成層圏に達した。闇の柱は直径数十キロ。その頭頂が太陽のように閃光し、巨大な蓮の花があらわれた。蓮が、ゆっくりと開き、地球から生まれた赤ん坊のように、陽神がそこにいた。陽神は泣いていた。

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