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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
第5章 アカムとうり 1節 最後の戦い
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 1年の修行が必要なはずが、それから、たった4日で行動当日となってしまった。安藤院が園田老人に指導を受けたのは2回。安藤院が身に付けている、なにが気なのか。そのイメージを教授されたのみだ。安藤院は気についてはピンと来なかったが、園田老人の静かで奥行きのある人柄には魅了された。


(世界の悪いものを吸い込み、体内で浄化して送り出す)


 安藤院は心の内で繰り返した。


 援護射撃の爆風が黒煙を払う。大山椒魚の巨大なシルエットが見えた。六本木にいた奴と同じに見えるが、赤い腹部から女が生えている。


(なんという異容だ)


 呼吸、とにかく呼吸だ。安藤院は念じた。ここを世界大会の武道館と思え――。


「銀の弾丸に切り替えです!」


 2人のイワサキに指示する。


 大山椒魚が口をあけ、吐き出した黒煙が竜の息吹のように、疾駆する安藤院を襲う。安藤院は高周波刀を眼前に掲げて、敵に打ち込むつもりで気を発した。すると、黒煙は高周波刀に触れる寸前で2つに割れた。


 機関銃の発射音が断続的に響く。


「二慰……」


 弱々しい声がイヤホンから聞こえてくる。


「黒煙が……力が……」


 後方モニターに糸の切れた人形のようにくずおれる銀色の人型が映る。大山椒魚は目の前だ。安藤院は、90度右に変進した。人間には有り得ない神速の動きに、大山椒魚は易々と追随して安藤院に正対する。


(上下――否、真っ直ぐ!)


 斜め前に重心を移動し、自重を利用して加速。腹部の女の首を狙って突く。高周波刀の切っ先が女の首に吸い込まれた刹那、視界の左下隅で銀色が煌めいた。


(――速い!)


 上半身と下半身が分断されるイメージが脳裏をよぎる。


 ぱぱっ、と赤い飛沫が散って大山椒魚の動きが止まった。安藤院の踏み込みが間に合った。高速振動するブレードが女の首を半分切り裂き、大山椒魚の肩を貫く。そこから高周波刀を潜るように踏み込み、運動エネルギーの全てを乗せて切り下ろす。


 大山椒魚は瞬時に体勢を立て直し、長柄の武器で高周波刀を受けた。鉄を紙のように切り裂くはずのブレードが止まり、接点から火花が散る。


 一瞬のつばぜり合いの後、安藤院が引いた。全身が小刻みに震えている。強化スーツの中で、内腿を温かいものが滑り下りる。


(銀弾丸に助けられたか。しかし、これは駄目だ。どうして、こんなものに立ち向かおうと思ったのか――)


 恐怖に飲み込まれて立ち尽くす安藤院に大山椒魚が迫る。女の美しい顔に、慈悲深いとさえいえる笑みが浮かぶ。安藤院は魂を抜かれて自失した。


「カモン、ジャップ!」


 イヤホンに飛び込んで来た英語が安藤院を我に返した。右後方から銃撃音が聞こえる。後方モニターに米国の機動アーマーが1機、映っている。ホバリングによる高速機動状態で土埃を巻き上げながら向かってくる。大山椒魚が気づき、口をあける。


(足が……動く!)


 安藤院は黒煙の息吹を阻止すべく、距離をつめて突いた。大山椒魚が高周波刀の切っ先を下から上へ払う。高周波刀が、断末魔のごとき破壊音とともに折れ飛んだ。


 突然の衝撃が安藤院を襲い、視界に火花が散った。機動アーマーが体当たり同然のスピードで安藤院を捕まえ、抱え上げたのだ。そのまま、大山椒魚から離れる。


 しかし、大山椒魚は一瞬で安藤院と機動アーマーに肉薄した。安藤院は咄嗟に9ミリ拳銃を抜き、引き金を引いた。銀の弾丸が女の肩に命中する。女は、きしるような悲鳴を上げて止まった。そこへ、機動アーマーがミサイルで追撃。両者の距離が一気にひらく。


 ロボットのように見える機動アーマーがクレーターの底を駆ける。全高3.5メートル。操縦者は胸部の狭い操縦席に押し込まれているらしい。


 安藤院は胸部装甲を叩き、モールス信号で「TU(Thank you)」と打った。そのさまは、まるで、お姫様だっこされた女の子が恥ずかしがって恋人の胸を叩いているように見えた。機動アーマーは、なんの反応も返さない。


 大山椒魚は、もう追ってきていない。黒煙が、一部は立ち昇り、一部は地を這い、半球状になって化け物の姿を隠している。



   ◆◆◆



「安藤院!」


 入井は、思わずモニターに叫んだ。危機一髪、安藤院はアメリカの機動アーマーに助けられて離脱している。大山椒魚は2機を追ったが、すぐに膝をついて止まった。


「ある程度のダメージは与えたようだが、だめかぁ」


 化け物が長柄の武器を上げ、石突きを地面に振り下ろした。ぱっ、と白い輝きが舞い、武器の上半分に集まっていく。たちまち、青く光る半透明の鉈のような刃となった。刃渡りは1.5メートルほどか。


氷凍魔刀ひょうとうまとう……)


 大山椒魚から呟くように漏れた思念を、もちろん、入井は聞くことが出来ない。


 大山椒魚は無造作に、その青い大刀を振るった。黒煙が飛散し、黒い嵐が吹き荒れる。モニターはノイズにかき消された。


「三佐!」


 オペレーターが叫んだ。


「外気温が下がっていきます。マイナス10度、20度――なんだこれは!?」


 風防ガラスが真っ白に凍結していく。吐く息が白い。


「駄目です、エンジンが!」


 輸送ヘリコプター・チヌークの機体が、大きく傾いた。



   ◆◆◆



 ゴーグルの外気温表示の数値が、みるみる下がっていく。安藤院は入井に連絡を試みた。


「三佐、状況は――何が起こってるんですか!?」


 ざらざらした白色ノイズに混じって、入井の声がする。


「……ザ……燃料の流ザザ……なんザ……力が……ザ……」


 無線は唐突に切れた。遠くクレーターの縁へ、火災の炎の中を黒い点が落ちていく。地面にぶつかって爆発、煙が上がる。


 安藤院を抱いて疾走していた機動アーマーが、ホバリングを止めて着地し、膝をついた。見ると、装甲の表面が白い膜に覆われている――氷だ。


 機動アーマーは迷彩色の彫像と化した。安藤院は地面に降りようとしたが、強化スーツが固まって体を動かすことができない。


(氷点下40度まで運用できるはず。外はどうなっている? 僕が無事ということは、生命維持機能は失われていないようだが――否、ちがう。手足の感覚が――)


 異常を感じてすぐに、痺れは痛みに変わり、激痛になった。


(ここで終わるのか。凍らされて、後輩の仇も討てずに……)


 そのとき、クレータの底に不快な金属音が響き渡った。後から後から、沸き上がるように続く。


 安藤院は霞む視界の隅で、暗い空へ伸び上がるようにして叫ぶ大山椒魚に、黒い毛むくじゃらの巨体が躍りかかるのを見て、気を失った。

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