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アカムとうり 悪の魔王ともうすぐ死ぬ子  作者: 佐藤いふみ
第5章 アカムとうり 1節 最後の戦い
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「放電開始しました」と、オペレーターが言った。


「化け物に電流なんてものが通じるかねぇ、ひひ」


 重いローター音が響く輸送ヘリコプター・CH-47JAチヌーク機中の固い椅子の上で、入井三佐が言った。入井は今行動の指揮官であり、チヌークは前線司令部である。


「安藤院、準備はいいかぁ」と、入井は胸のスイッチで無線をオンにして、言った。


「いつでもいけます」


 後部スペースから、すぐに答えが返ってくる。


「甲への高圧電流網スタン・ネットの効果を見て進行する。上の意向だからさ、もう少し待っといてぇ、ひひ」


 入井は、白い無精髭の残るカマキリのような形の顎を右手でしごいた。


 陸上自衛隊上層部の指示は生け捕り優先だった。赤鉄アカムの出現から時を待たずして現われ、六本木を壊滅させた大山椒魚の化け物とゴリラの化け物、それから烏賊の化け物と黒装束の女。その正体を解明すれば赤鉄アカムに対抗しうるかもしれない、と上層部は考えている。


 他国、特に米国との交渉材料、他省からの要請、自衛隊内部での政争、と、上層部が考慮すべき問題は多い。生け捕り優先の指示が国民の直接的な安全を目的としないのは明らかだが、横槍的事案を飲み込んだ上で本来の役割を遂行するのが任務の醍醐味だ。


 モニターには破壊された街が映っている。


「こんなにしてくれやがって。覚悟しろよぉ」


 仕事は仕事と割り切って、なお情熱を注ぐ。そうでなければ人生つまらない。というのが、入井の考えだった。


「甲、高圧電流網スタン・ネットを破壊」


 オペレーターが言った。


 入井はモニターを確認した。大山椒魚の化け物が武器で高圧電流網スタン・ネットを裂いている。


「目標、前方、甲。第2射ぁ、撃てぇ、ひひ」


「目標、前方、甲。第2射、発射!」


 チヌークの右側の対戦車ヘリコプター・AH-1Sコブラが、高圧電流網スタン・ネットをセットしたミサイルを発射した。




 チヌークの乗員スペースでは、安藤院二尉が入井三佐の降下指示を待っていた。


 安藤院は、複雑に光を反射する銀色のスーツを着ている。細かい繊維状の素材が頭から手首足首までを包み、手には同素材のグローブ、足も同様のブーツである。背中に同じ素材のバックパックを背負っている。黒いゴーグルの内側には、外部環境やスーツの状況が表示されている。


 防衛庁技術研究本部の強化スーツ――岡村刑事が対赤鉄アカム戦に用いて殉死した装備だ。あれから、バッテリーが改良され、活動可能時間が4倍に延びている。


「岡村くん、赤鉄アカムが来るといいですね」と、安藤院はひとりごちた。


 岡村裕は大学剣道部の後輩だった。岡村が準優勝した世界大会で優勝したのが安藤院である。岡村は老け顔で、安藤院は童顔なので、いつも歳の上下を間違えられたものだ。


「二尉、スーツは通用するでしょうか。テストも少なく、不安です」と、もう1機の輸送ヘリコプター・チヌークで待機中の岩﨑一曹が言った。隣に、もうひとり、わずかに漢字がちがう岩崎一曹がいるはずだ。


 安藤院は2人のイワサキに言った。


「未知の対象に不安は当たり前ですが、大丈夫。訓練は嘘を吐きません。おふたりは予定通りサポートして下さい。立派にやり遂げて見せましょう」


 2人のイワサキは強化スーツのテスターだった。スーツ運用に必要な体格と運動能力を備えた最適な人材だが、対赤鉄アカム、対化け物への士気が高いわけではない。ふたりにしてみれば外れクジを引いた気分かもしれない。


(それでも――)


 戦ってもらわなければならない。赤鉄アカムや、あの闇の化け物は、国や地域だけの問題ではない。人類の、世界の敵なのだ。暗い黄泉の淵からやってきた厄災に違いない。――安藤院の直感であった。


「スーツと武器を十分に活用すれば制圧できます」


 安藤院には高周波刀が、2人のイワサキには強化機関銃が与えられている。高周波刀は岡本が使用したのと同じもので、強化機関銃は重量と反動を無視してチューンされた特別製だ。腰には補助武器の9ミリ拳銃がある。


「それに、我々には切り札があります」


「はい――しかし、本当に効くのでしょうか」と、岩崎一曹が言った。


「浄化しなければならないのだよ」


 安藤院は、座席の右側に立て掛けてある高周波刀を手元に引き寄せた。




 次弾の高圧電流網スタン・ネットは、大山椒魚に到達する前にずたずたになった。入井は、次の段階に移る判断をした。


「援護射撃、用意ぃ、ひひ」


 爆発でできたクレーターの縁で、8両の10式戦車が照準を定める。


「目標、前方、甲、発射ぁ! 強化スーツ部隊、降下ぁ! 安藤院、行くぞぉ。丙、丁、未にも注意しろよぉ」


 入井の指示を受けて、44口径120ミリ滑空砲4門が火を噴く。4機の対戦車ヘリコプター・コブラも、対戦車ミサイル(TOW)を発射した。化け物のまわりの地面に、つぎつぎに着弾する。


 安藤院率いる強化スーツ部隊が、その間隙を縫って降下。輸送ヘリコプター・チヌークの高度は着地点より50メートル。パラシュートは使わない。


 安藤院は着地と同時に横転し、体が地面に埋まるのを防いだ。手首のコードを腰の高周波刀に繋ぐ。ゴーグルの内部モニターに準備完了のサインが出る。援護射撃による爆煙が視界を遮っている内に移動。化け物の姿はまだ確認できないが、進行方向左に黒々とした煙が見える。


(黒煙というが、こうして見ると、まるで夜の闇だな)


 南西方向、入井のチヌークがいる反対側で複数の光が閃き、闇の中をなにかが降下して来るのが見えた。


「アメリカさん、来ましたね」と、無線で岩﨑一曹が言った。


 クレーターの辺縁に人型をしたものが数体、着地するのを安藤院は確認した。在日米軍の機動アーマーだ。


 今行動で日本国は在日米軍に協力を要請した。在日米軍は、行動で得られる敵のデータを交換条件に後方支援を引き受けた。


「頭の上に蜂さん(F/A-18ホーネット)が2機2個小隊、アパッチ・ロングボウが2機3個小隊、それと、シースタリオンがいるよぅ。機動アーマーは5両だねぇ」


 入井が無線で情報を追加する。


「あちらさん、戦闘に参加する気は、まったくないねぇ。あてにしちゃ駄目だよぅ、ひひ」


「無論です」と、安藤院は答えた。


 爆煙がおさまった。クレーター中心方向で空間の一部を支配している、あの濃密な黒色の中に、対象は潜んでいるはずだ。


「行きます。援護をお願いします」と、安藤院は2人のイワサキに言った。




 3人の銀色の巨人が黒煙の西側へまわり込む。同時に、北東後方から10式戦車部隊が地面すれすれを、北西から対戦車ヘリコプター・コブラ部隊が頭上を狙っている。


 六本木の戦いの解析によれば、黒煙を吹く化け物はバリアーを使っていなかった。しかし、本行動は、敵が赤鉄アカムのような変幻自在の物理障壁を操ることを敢えて想定している。バリアーは発現している本人の注意する方向に強く展開され、逆に注意の向いていない方向は弱くなると分かっている。それで、3次元方向に角度を変えた一斉攻撃でバリアーを分散させ、衝撃に強い強化スーツで直接攻撃する行動が採用された。


 敵は生き物であり、その集中力には制限があるはずであること。バリアーの厚みは全方位展開の場合のほうが薄いはずであること。そう推測しての行動だった。直接攻撃の選択には、生け捕りの可能性を高める目的も含まれている。


(――まあ、すべては推測ですけどね)


 安藤院は黒煙の周囲にバリアーの痕跡を探した。いまのところ、見当たらない。


 援護射撃がはじまった。2人のイワサキが左右に散開し、黒煙まで15メートルの位置で停止して強化機関銃の斉射を開始する。


(誰かがぶつからなければ、突破口は開けません!)


「世界の悪いものを吸い込み、体内で浄化して送り出すのです」という、園田老人の言葉を信じ、忠実にイメージする。


 熱風が土砂と火薬の臭いを撒き散らす地獄に、安藤院は無視界で突っ込んだ。

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