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飛行機の窓の向こう、闇の中を、光が昇ってくる。もやもやと闇をまとう神秘的な光球に、8歳の赤鉄アカムは釘付けになった。
アカムは窓の外を見たまま祖母を呼んだ。祖母は目を閉じたまま、よしよしとアカムの頭を撫でて眠りにもどった。
アカムは前座席の背についている液晶画面を見た。飛行機はちょうど中国の南西部上空を飛んでいた。「峨眉山」の文字が見える。
光球はぐんぐん大きくなり、アカムは目の前が真っ白になって気を失った。
(あのときからだ。俺の人生が狂ったのは――)
「あなたはあれかい、格闘技かなにか、やってたのですか」
船井刑事の声にアカムは我にかえった。煙草臭い息に眉をしかめる。
(そうだ。ここは飛行機の中じゃない。ここは――)
あれから21年後、2018年3月8日。東京都町田警察署の取調室だ。
船井の問いに、アカムは視線を下げて返答しない。船井は溜め息をついた。灰皿には山のような吸いがら。取調室は刑事ドラマそのままに灰色で陰気だった。
「なんとか言ってくださいよ」
船井の嘆願に、アカムは鼻から長く息を出して15分ぶりに口をひらいた。
「……高校生のころにキックボクシングをやってました」
船井は大げさに目をむいた。
「ほーお、キックボクシングねえ。なんでまた?」
「……実家の近くにジムがありました。部活に入ってなかったので、運動したくて」
「いつまでやっていたの」
「高校までです」
「どのくらい?」
「2年くらい」
船井が小さく鼻を鳴らす。
「ふむ、さぞかし才能があったんかいねえ。たった2年でねえ。職業柄、格闘技には少し詳しいですけどねえ。あなた、こんなことは相当な力の差がないとできないですよ」
そう言って、机にならべた写真を指さす。
「これはほれ、歯がふき飛んでしまってるねえ。こっちは腕が折れてるし、あばらも何本かいってたそうですよ」
船井は言葉を切り、アカムを見た。
「素手じゃあねえ、無理じゃないかいねえ、これは。こう、鈍器ね。バットとか、金槌とか、大型レンチとか、そういうの使わないとねえ。赤鉄さんは体もほれ、細身でしょう。キックボクシングをねえ、2年間? としてもねえ。たった二年で、しかもずいぶん前でしょう。10年も前かいねえ。それでねえ、おおぜいを相手に一人でなんてねえ」
写真の怪我は、たしかにアカムが負わせたものだ。そのことをアカムは心底後悔している。もっと穏やかに懲らしめていれば、こんなことにはならなかった。けれど――。
「けれど、彼らはお年寄りを小突きまわしてたんですよ。財布を取りあげて、蹴ったんですよ!」
アカムの頬がふるえた。唇の感覚がなくなっていくのが自分でわかる。それは1週間前の出来事だった。




