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ありがとう、今まで

 それからの日々は、大学について調べたり、バイトをした。

 充実した日々であり、前へ進んでいる実感もある。

 

 そして、夏休みも残りわずかになった。

 今日は夏祭りの日に約束した、タカと一緒に出掛ける日だ。

 行く場所は、暑いし屋内がいいということで意見が一致し、水族館になった。

 ちょっと遠出だけどバイト漬けでお金も貯まっているし、たまにはいいかな。


 少し早めに目が覚めた。

 天気は快晴。

 暑くなりそうだ。

 朝食を取った後、部屋で着替える。

 今日のために、服を買った、

 まるで、デートみたいだ。


 着替えている時、鏡に映る私の体の傷跡が目に入る。

 虐待の傷跡だ。

 前までは、その傷を見るたびに嫌な思いをしたけれど、今はその感情も薄れた。

 この傷と一緒に生きていく。

 私は新品の服で、部屋を出た。



 施設の玄関に、タカはいた。


「行こ、タカ」

「お、おう」


 タカはこちらを直視しようとしない。


「どうしたの?」

「可愛いな」


 タカは少し頬を染めて言った。


「服が?」

「服も」


 まあ、悪くないかな。

 その時、和樹が駆け寄って来る。


「デ」

「うるさい!」

「まだ、デしか言ってねえじゃん!」

「どうせ、デートだデートだって、騒ぐんでしょ?」

「違うのかよ?」


 少し考える。

 私とタカはこれから、何をするのか。


「デートだよ」


 私は胸を張って言ってやった。

 タカの表情に喜びが灯る。

 わかりやすいなあ、男子って。

 そろそろ出ないと、バスの時間に間に合わない。

 私達は外出届を書いて、施設を出た。



 施設を出ると、熱気に包まれる。

 太陽は容赦なく、強烈な日光を浴びせてくる。

 微風すら吹いていない。

 セミの合唱が響き、暑さからなのか辺りを歩いている人はほとんどいない。

 バス停まで、うだるような暑さの中歩く。

 気を紛らわせるために、話すことにした。


「ねえ、タカ」

「何?」

「私、タカと同じ大学行くかもしれない」


 大学について調べるうちに、タカの志望している大学で学びたいことが学べそうだとわかったのだ。


「本当か!?」


 タカは途端に嬉しそうな顔をする。


「まあ、まだ志望する大学は絞れてないけど、候補の内の一つだよ。だから、あんまり期待しないでね」

「ああ、わかった」


 同じ大学に知っている人がいる、というのは私としても心強い。

 いろいろ、協力したりできるだろう。

 バス停に着いた。

 ちょうどバスが来たので、乗り込む。



 バス内はエアコンが効いていて、外より快適だ。

 バス内には、あまり人がおらず、座席に並んで座ることができた。


「タカはオープンキャンパス行ったの?」

「ああ、この前行ってきた」


 私も行きたかったけれど、もう終わっていた。


「じゃあ、大学の雰囲気とか教えてよ。あと、資料とかも帰ったら見せてくれない?」

「わかった」


 それから、志望する大学についてタカからいろいろ教えてもらった。

 大学生活のイメージがどんどん湧いて来た。



 バスは駅に着いた。

 切符を買い、電車が来るまで待つ。

 ここも風は吹いておらず、ホームは暑い。


「やっぱり、進学しても休みの日とかはバイトばっかりなのかな……」


 タカが不安そうにこぼした。


「そうだね、今度は生活費も稼がないといけないから」


 今までもバイトをしていたとはいえ、生活費の心配はなかった。

 しかし、進学したら親からの援助を受けられない私達は、自立しないといけない。


「サークルとか、入りたいよなあ」

「うん、でも仕方ないよ」


 週1くらいの活動だったら出られるかもしれない。


「タカは絵を描くのが好きだし、そういうサークルに入ればいいんじゃない? そんなに忙しくなさそうだし」

「ああ、そうだな。真奈はどうする?」


 本音を言えば、スポーツをするサークルに入りたい。

 でも、あまりチャラそうなのは嫌だ。


「スポーツ系がいいけれど、入ってからじっくり決めるよ」

「そうだな、それがいい。そういや、免許はいつ取る?」

「車の?」

「ああ」

「やっぱり、大学の夏休みかな」


 この辺りは、車がないと移動に苦労する。

 それに児童相談所で働きだしたら、車で家庭訪問したりすることもあるだろう。

 なので、免許は必須だ。


「免許って取るのに30万くらい掛かるんだよな? 何でこんなに高いんだろうな。それに車自体の費用もあるし。もっと、安くなって欲しいな」

「うん、そうだね」


 お金の問題は私達に、重くのしかかる。

 電車が来た。

 私達は電車に乗り込んだ。



 再び、エアコンの効いた快適な空間に入ることができた。

 ふと、電車内の大学の広告に目をやる。

 大学の校舎を背景に、笑顔の学生が写っている。

 以前もこんな風に大学の広告を見た記憶がある。

 私もこの写っている学生のようになれるかな。

 笑顔で、夢に向かって。



 目的の駅に着いた。

 そこから再びバスに乗り、水族館まで行く。

 来たことがない町なので、景色が新鮮だ。


「そういえば、京子は元気だったか?」


 そうだ、タカには言ってなかったっけ。


「うん、元気だけど、大変みたいだよ」

「そうか、もう働いているんだよな。大変だな。俺達も頑張らないと」

「うん、そうだね」

「どんなところで、働いているんだ?」

「工場だって。検品の仕事とかしてるらしいよ」

「そっか……」


 多分、京ちゃんは今日も仕事。

 そして、帰ったら家事。

 心配だけれど、今できることは電話で元気づけることだけだ。

 本当に危なくなったら、全てを捨ててでも助けに行こう。



 バスは順調に進む。

 そして、水族館に着いた。

 料金を支払って、降りる。


「ようやく着いたな」


 長かった。


「それじゃあ、入ろっか」

「ああ」



 水族館に入ると、まず目に入るのが巨大な水槽。

 大型の魚から小型の群れを成した魚まで、多種多様な魚が泳いでいる。

 水槽の前には沢山の人がいて、写真を撮っている。


「俺達も撮ろうぜ」

「うん」


 私達は近くの人に頼んで、写真を撮ってもらった。

 いい記念になるだろう。

 大きな水槽のゾーンを過ぎると、亀がのんびりと泳いでいる水槽がある。

 あまり悩みがなそうで羨ましい。

 

 でも、一生水槽の中で泳ぎ続けるだけなのも、それはそれで寂しいかもしれない。

 亀も写真に撮った。


 次は少し暗い場所で、深海魚が展示されている。

 深海魚は普段見る魚と違って、独特な進化を遂げている。

 目がとても大きく発達している魚もいる。

 どれも興味深く、面白い。


 次の場所にはペンギンがいた。


「あ、コウテイペンギンだ」


 思わず、声に出た。


「知っているのか?」

「うん、麻紀が好きなんだよ」

「そうなのか」


 ペンギンたちはぼーっと立っていたり、時々水中に飛び込んだりしている。

 水中では機敏だけれど、地上ではあまり動かないようだ。

 あんな可愛らしい感じでも、人間の骨を折るだけの力があるんだよなあ。

 つまり、実際に折られた人がいるのだろうか。

 南極観測隊の人たちとかかな。

 ペンギンに和まされつつ、通り過ぎた。

 

 次はウニやヒトデ、ナマコに触れるコーナーだ。


「真奈、触ってみようぜ」

「えー、嫌だよ。何か怖いし」


 触れるように展示されている以上、有害ってことはないだろうけど。

 小さな子供達は恐れを感じていないのか、どんどん触っている。


「ほら、あんな小さい子達も触っているんだしさ」

「う、うん」


 恐る恐るヒトデに触る。

 柔らかいような、堅いような不思議な感触がした。

 まあ、これもいい記念になるかな。

 タカは次々に触って、制覇していった。



 その後も様々なコーナーを回った。

 館内は涼しく、夏に訪れるには最適な場所と言える。

 最後に見るのは、イルカのショーだ。

 

 イルカは指示するお姉さんに合わせて、驚くくらい高くジャンプする。

 イルカの体重は大体100キロ以上あると説明されたので、どうやってあんなに高くジャンプできるのかが不思議だ。

 麻紀に聞いたらわかるかもしれない。

 他にも、アザラシなどが登場した。


 イルカのショーを見終わり、館内のレストランに入る。

 夏休み中ということもあり、子供連れが多く混雑している。

 30分ほど待ち、ようやく座れた。

 メニューは子供向けのメニューから、魚料理など様々だ。


「水族館で魚食べるのって、複雑な気持ちになるな」

「そうだね。でもまあ、いいじゃん」


 私はせっかくなので、海鮮丼を注文した。

 タカはカレーを注文した。


「夏休みも終わりだな」


 タカはしみじみと言った。


「うん、そうだね」


 いろいろあった、夏休みだった。

 親に会いに行ったり、京ちゃんに会いに行ったり、タカと夏祭り行ったり。

 悲しいことも楽しいこともあった。

 でも、全部私の成長に繋がっていると思う。


「真奈、俺……」

「どうしたの?」

「俺、親を探そうと思う」


 タカの口から思いがけない一言が出た。


「どうして?」

「嫌な親だったり、人として終わっている親かもしれない。それでも、一度くらい会ってみたいんだ。真奈の言葉や行動に影響されたんだ」

「そっか……。うん、会うべきだと思う」


 私が周りにいい影響を与えられているなら、嬉しい。

 タカは親に会うことで、きっと成長する。

 名前もわからなければ、どこにいるかもわからない親だけれど、タカはきっと会える。

 そう、信じられた。


「もう、復讐するなんて、言わないよね?」

「ああ、言わない。だからさ、真奈の夢を教えてくれないか?」

「うん。私の夢はね……」


 私はタカにも、私が思い描く夢を話した。


「すごいな、真奈は。やっぱり、真奈はすごいよ」


 ストレートに褒められて、嬉しい。


「真奈なら、できるよ。やっぱり、真奈を好きになって良かった」

「よくそういうこと、普通に言えるね」

「だって、好きだからな」


 何人の女の子が、この男に泣かされてきたのだろう。

 麻紀や夏祭りでお好み焼き投げつけてきたクラスメイトも、被害者の一人なのかもしれない。

 タカを軽く叩きたい気分になった。

 叩かないけど。


「タカは自分のこと、好きになれそう?」

「まだ、自信がないんだ」

「きっと、好きになれるよ」

「ああ、そうだな。頑張るよ」


 全ての苦しむ子供が、自分を好きになれたらいい。

 そう思った。



 昼食を食べ終え、帰路に着く。

 車内は冷房と程よい振動で、眠りそうになってしまった。

 2人して寝たら、乗り過ごしてしまうので会話をして起きていた。

 バスの車窓に、見慣れた景色が流れる。


「今日は楽しかったな」

「うん、また行こう」

「ああ」


 こうして、タカとのデートは終わった。



 施設に着き、時間があるので愛ちゃんに勉強を教えてあげることにした。

 愛ちゃんに水族館のお土産をあげると、とても喜んでくれた。

 この頃、愛ちゃんの表情が豊かになったように感じる。

 生きる力が強くなってきているように思う。

 私や京ちゃんが愛ちゃんのためにしてきたことが、少しでも力の源になっているなら嬉しい。



 夕食後は自分の勉強だ。

 宿題だけでなく、少し早いけれど受験も想定して勉強を進める。

 まあ、国公立大学も視野に入れているので、早すぎるということはないだろう。

 私は日本史や世界史などの暗記科目が得意だけれど、英語や数学は弱いので、重点的に勉強していかないといけない。

 

 そういえば、新海先生が児童相談所で働くなら、論理的、客観的に物事を見られる方がいいと言っていた。

 数学の勉強でそれらが身に着くなら、勉強も苦ではない。

 

 やはり、多くの子供にとって勉強が苦しいのは将来のためになるかどうか、わからないからだろう。

 そして、学習時間が終わり、就寝する。

 今日も充実した一日だった。



 夏休み最終日。

 今日は再び北里さんと話をすることにした。

 もっと児童相談所の仕事について、教えてもらうつもりだ。

 北里さんの仕事が終わるまで、バイトをする予定になっている。

 なので、バイトへ向かう。



 コンビニに入る。

 ざっと、陳列状態を見る。

 完璧とは言えない。

 最近、外国人のバイトが入ったばかりで、その人は業務に慣れていないのだ。

 後で商品の陳列について、一緒に直しながら教えてあげよう。

 

 挨拶をしてバックヤードに入る。

 着替え終わり、レジに立つ。

 いつものタバコとお酒のおじさんが来た。

 私はタバコを棚から取る体勢に移る。


「いつもの」


 おじさんはお酒をレジに置く。

 私は棚からタバコを取る。

 おじさんは会計を済ませた。

 いつもなら、すぐに店の外へ出て行くけれど、なかなか出て行かない。


「なあ、俺の話、聞いてくれるか?」


 何だろう、急に。


「は、はい……」


 とりあえず、うなずいておいた。

 お客の少ない時間帯だし、大丈夫だろう。



 おじさんは身の上話をし始めた。


「俺はな、子供の頃親に殴られて育ったんだ。褒められたことなんて一度もない。まあ、そういうのが普通の時代だったけどな、それで……」


 おじさんは長くしゃべった。

 一人暮らししていること、生活保護で暮らしていること、誰とも関わっていないこと。

 おじさんはしゃべりたいだけしゃべった後、お礼を言って出て行ってしまった。

 

 私が思うには、おじさんの人生の分岐点は子供時代にあったんだと思う。

 子供の頃、虐待されずにちゃんと褒められていれば。今は家庭を築けていたと思う。

 もちろん、家庭を築くのが必ずしも、正解とは言えない。

 だけど、おじさん自身が幸せだと思う生き方を選べたはずだ。



 バイトが終わり、近所の喫茶店に入る。

 ここで、北里さんと話す予定だ。

 後でもう一人来ることを伝え、席に座る。

 10分ほどして、北里さんは来た。


「お待たせ、真奈ちゃん」

「お疲れ様です。ありがとうございます、来ていただいて」

「真奈ちゃんのためだからね」


 北里さんは私の向かいの席に座る。


「それで、児童相談所の仕事をもっと教えて欲しいってことだったよね?」

「はい、お願いします」

「それじゃあ、何から話そうかな」


 北里さんは児童相談所の仕事は相談の受付だけでなく、いろんな機関や施設、人との連携。各種書類の作成や法律の勉強など、多岐に渡ると教えてくれた。


「最近は児童相談所の仕事も増えてきているし、虐待自体の認知件数も増えてきているの。だから、これからもどんどん忙しさは増すと思うよ」

「そうなんですか……」

「そろそろ、施設の門限ね。最後に辛い話をするわね」

「はい」


 身構える。

 きっと、あの話だ。


「救えなかった命の話をするわ。真奈ちゃんには聞いておいて欲しいから。あれは、6年前の夏の日だったわ。私の勤める児童相談所に一本の電話が入ったの」


 そして、話してくれたのは、いろんな人の怠慢や無関心が重なって小さな命が失われた話。

 北里さんには落ち度がなかったように思えた。


「その子はね、ベッドに寝かされていた。いえ、放置されていたの。体は痩せ細って、腕や足は棒のようだったわ。そして、体中に火傷や殴られた跡があったの。思わず、目を覆いたくなるような光景だったわ。もちろん、親は逮捕された。そして、児童相談所には非難の電話が連日のように掛かって来たわ」

「そんな……」


 亡くなったその子を不憫に思うと同時に、非難の電話のせいで他の大切な電話や業務が滞ったらと考えると、怒りが湧いて来る。


「そろそろ、真奈ちゃんは帰らないとね。また、お話しましょう」

「はい、ありがとうございました」


 会計を済ませ、喫茶店を出る。

 その後、北里さんの車で施設まで送ってもらった。



 施設に帰った後、救えなかった命について考えた。

 私は全ての命を救えるなんて思っていない。

 でも、自分の力の及ぶ限り、助けたいと思う。

 だけど、北里さんの言ったような子供に直面した時、私は耐えられるだろうか。

 自信はない。

 きっと、くじけそうになる。

 それでも、私は諦めない。

 自分で選んだ道を信じたい。



 それからの日々はあっという間だった。

 目標が定まったこともあり、後はその目標に向かうだけだ。

 夏が終わり、秋が来て、冬が来て……。

 そして、また春が来た。


 高校2年生の3月。

 3年生を見送ることになる卒業式も終わり、今日は終業式だ。

 校長先生の長い話を聞き終わり、ようやく教室に帰って来た。

 しばらく、麻紀と雑談していると神尾先生が教室に入って来た。


「今日は皆さんに返すものがあります」


 何だろう。

 返すもの……。

 あ、思い出した。


「1年後の自分へ手紙書いたよね? まだ正確には1年経ってないけど返すね。感慨深いでしょ?」

 

 先生が一人一人に成績表と共に、手紙を返す。

 みんな手紙や成績表を見て、盛り上がっている。

 私の番が来た。


「はい、真奈ちゃん」


 神尾先生から成績表と手紙を渡される。

 席に着き、手紙を開く。

 将来の夢は決まりましたか?

 そう書いてあった。



 1年前の私へ。

 決まったよ、将来の夢。

 私ね、児童相談所に勤めて、私と同じような子供を助けたいんだ。

 

 こんなこと聞くとびっくりするかもね、1年前の私は。

 高校2年生の1年は、いろんなことがあるよ。

 楽しいことはもちろんあるけど、沢山泣くし、辛いことが沢山あるよ。

 

 でもね、その分成長できたと思うんだ。

 だから、怖がらないで踏み出して欲しいんだ。

 これが、1年前の自分へ伝えたいこと。

 

 伝えたい夢。



「それじゃあ、1年前からの手紙を読んだし、今から25歳の自分への手紙を書いて」

 

 神尾先生が紙を配る。

 25歳か。

 私、どうなっているんだろう。

 それに、周りのみんなはどんな風になっているんだろう。

 全然、想像つかないな。

 

 でも、一つだけわかることがある。

 きっと、後悔していない。

 だから、京ちゃんから送られた言葉を送るね。


 頑張れ。


 それだけ書いた。


「じゃあ、宛先は自分の家を書いてね」


 神尾先生が届けるのだろうか。

 自分の家、私にとっては施設だ。

 25歳の時も施設が残っていますように。

 そう願った。



 それから、1年が経った。

 学校の卒業式も終わり、今日は施設の卒業式だ。

 私とタカを含め7名が卒業する。

 その内、大学進学するのは私とタカだけ。

 新海先生は大学進学を推していたけれど、就職志望者の方が多かった。

 仕方のないことだけれど、残念だ。

 卒業式は順調に進む。

 

 最後に卒業児童からの言葉。

 まずは、タカ。

 タカは立ち上がって、話し始める。


「俺は生まれてから、ずっと施設にいました。正直、最近まで親を恨んでいました。復讐したいとか思っていました。そして、自分のことが嫌いでした。でも、今は違います。俺は将来の夢に向かって頑張っています。皆さんもどうか、元気で頑張ってください」


 タカは話し終え、席に座る。

 拍手が起こる。

 次は私の番だ。

 私は立ち上がって、話し始める。


「私は親からの虐待が原因で、この施設に入りました。タカと同じで、親のことを恨んでいましたし、自分のことが嫌いでした。でも、いろんな経験や、多くの人の言葉でそれじゃいけないって、気付けました。私も見つけた夢に向かって頑張っています。大学でも頑張って勉強して、皆さんの目標になれるよう成長します。だから、皆さんも頑張ってください。本当に、ありがとうございました」


 私は頭を下げた。

 拍手が起こる。

 終わっちゃうんだ、この施設での生活が。

 これから、大丈夫かな。

 不安が大きい。


 施設というゆりかごを失い、私達は独り立ちしないといけない。

 施設からの援助もあるけれど、基本的には貯金やバイト代で頑張らないといけない。

 それでも、後悔はしない。

 自分で決めたから。



 数日後、施設を去る日が来た。

 玄関で職員や子供たち総出で見送られる。


「真奈ちゃん、ちゃんと食べてね。着替えも毎日してね。お風呂も入ってね、部屋の鍵はちゃんと掛けるのよ、それから……」


 まるで、親のようだ。


「大丈夫ですよ、恵理子先生」


 職員さんは、毎年こうやって子供たちを見送っているのだろう。

 きっと、様々な出会いと別れがあるんだ。

 私達が背を向けて出て行こうとした時、後ろから誰かに抱き着かれた。


「行かないで」


 愛ちゃんだ。

 今にも泣きだしそうな声だった。


「愛ちゃん……」


 愛ちゃんを優しく離しながら、私は振り返る。


「私は行かないと」

「……うん」

「愛ちゃんも、頑張って」

「うん」


 時間ができたら、施設に顔を出そう。


「真奈ちゃん、ありがとう」

「うん、愛ちゃんも、ありがとう」


 愛ちゃんを残して行くのは、心苦しい。

 でも、行かないといけない。

 私の夢だから。

 私達は施設を出た。

 ありがとう、今まで。

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